猫猫の悪夢は続いていた。 壬氏に横抱きにされたまま寝台のある部屋まで連れてこられた猫猫。 壬氏に対して心臓が高鳴ると同時に薬師として壬氏の傷が気 … 薬屋のひとりごと【第8巻】は2020年6月24日(水)に発売されました。この記事では『薬屋のひとりごと 猫猫の後宮謎解き手帳』最新刊8巻のあらすじや感想(ネタバレ含む)をご紹介します。登録無料、月額費用もかかりません。 花街の花、妓女の身請けから物語は始まる。身請けとは喜ぶべきものであり、他の妓女たちは見送りの舞を踊り夜通し宴を続ける。此度の宴は特に豪華で、七日七晩宴を続け、それも高級店として名高い緑青館の そんな宴を眼下に堀にのぼった猫猫は舞を踊る。珍しく着飾った服装で身請けされた妓女を見送る舞を。当人は病で長くない女よりも梅梅を身請けしておけばよかったのに、覚えの悪い自分に根気強く教えてくれた梅梅の為に舞いたかったと思いつつ舞い続けた。 ふと視線をやると間近に壬氏が立っていた。驚きにバランスを崩し堀から転落しそうになる猫猫を支えつつも何をしているのかと問う壬氏。堀に女がのぼったのを見た衛兵がたまたま猫猫の顔を知っていて壬氏まで報告しに行ったのである。見つからないようにやっていたつもりの猫猫であったが周りにはそうは見えなかった。素直に身請けされた妓女の見送りの舞をしていたことを明かすも、その妓女がどんな女であるかは明かさない猫猫。ふと見ると再び足の傷から出血が見られた。驚きはしたものの慣れた調子の猫猫だったが壬氏はそんな猫猫を抱き抱え堀から降りる。そのまま抱えて移動する最中猫猫が壬氏に言っておかなければならないことを思い出した。とても大事なことで人に見られてはまずいことと言われて動揺する壬氏。 意を決して話を聞くとそれは固まる壬氏に一切気付かず言葉を続ける猫猫に照れ隠しの頭突きを食らわすのであった。 後日壬氏の体調不良が噂される。方々から珍しい薬などを買いあさっているのだと。猫猫は事情を察し、気長に待つことを覚悟した。 壬氏は幼少の頃の夢を見る。宮中にて母に連れ立って移動している時に見知らぬ老人と老婆に関わったことを。当時は分からなかったもののその老人が父で老婆が祖母、父と思っていた人物が兄であったことを後に知らされる。夢を振り払うように剣舞をして切り替えようとするが悪夢の後には嫌なことが起きると注意する壬氏。自分の真実を話せないことにもどかしさを感じながら。 医局では猫猫が蒸留器を使って香油を作っていた。壬氏がその香りに誘われて色々な話を聞く。翡翠宮で行わない理由は玉葉を心配しての行為だった。香油の中には堕胎の効果を持つものもある。その為医局にて作業をして、一緒に消毒に使える高濃度アルコールも生成していた。 そんな中、猫猫宛に荷物が届いた。壬氏に見られない様に下着と嘯くも男二人で持たねばならぬ下着とは?とのツッコミに合えなく露見。中身は性の手解き書であった。妃の為に仕入れていたものを更に販路を拡大すべく取り寄せたのだがタイミング悪く見つかってしまった。しかし予想外に壬氏からお目こぼしを頂く。その代わりに版元を紹介しろとのこと。何かを思いついたような壬氏であるがそれが何かは明かされなかった。 その答えはすぐに明かされる。識字率の高くない宮女達に大衆小説に興味を持たせ、写本を促し字を扱えるとなると奉公期間が終わっても仕事の幅が広がる。小蘭を含め宮女達は積極的に文字に関わるようになっていった。 場面は変わり公主の散歩に同行することになった猫猫。薬草などの知識を与えてほしいとの玉葉の願いであった。散歩中に猫の鳴き声に反応し一人走り出す公主、追いつくとそこには見慣れぬ宮女が。慌てて前に躍り出るとそれは子猫を渡そうとしているだけであった。猫を受け取り皇帝から直々に面倒を見る様に指示された猫猫。猫好きの心理を理論的に壬氏に説明すると思う所があった壬氏は何かを掴んだような顔をした。そして猫に官職が与えられたことを告げる。医局のネズミ捕り「盗賊改」毛毛(マオマオ)であると。 翡翠宮で荷物を整理して隊商が来ることに備える宮女達。今回は異国からの特使も近々来るとのことで大規模になるらしい。小蘭と回っていた猫猫は猫をくれた宮女・子翠と再会する。三人を伴い医局で猫を見に行きお茶をすることになり、そこで子翠の虫のスケッチを見て共感する二人。外野はそんな二人を似た者同士と評するのであった。 隊商からの品を見て疑惑を持った猫猫。様々な香油、頼んでいないのに妊婦が好むゆったりとした服を送られたことに。どれも流行の品だと言うことで流行に敏い水晶宮を襲撃し宮女達から無理やり匂いを嗅いで裏を取った猫猫の元に壬氏が現れ苦言をこぼす。しかしこの行動は玉葉の安否の為であり、毒白粉と似ていると注意を促すのであった。薬屋のひとりごと【第8巻】のネタバレをご紹介しましたが、やはり絵と一緒に読んだ方が断然!面白いですよ。『薬屋のひとりごと』最新刊を絵と一緒に読みたいと思ったら、ぜひ試してみて下さい! これで合計900ポイント貯まります!この間に入会してしまうと『8の日』のボーナスが1回しかもらえなくなります。確実にゲットするならに入会!これで間違いありません!『薬屋のひとりごと』は550 という方は相変わらず日常を過ごしていると思ったらそこかしこに伏線を張ってきてそれが徐々に露わになっていくのがたまらなく面白い作品。これから玉葉の出産まではこの様な陰謀のやり取りが行われつつもどう犯人を見つけていくのかが焦点になると思われるので、それらのミステリーな面を楽しみつつ猫の様な猫猫に翻弄される背伸びした壬氏を楽しんでいきたい。 以上、薬屋のひとりごと【第8巻】のネタバレ・内容、感想を紹介しました。壬氏が自分の出生を明かし、それに対して巻き込まれたくない猫猫をどうにか繋ぎとめるなどの二人の変化を読んでみたいです。 次の巻が早く読みたいですね! 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?」いい仕事した、という風に汗をぬぐう高順。「ええ?」猫猫は事態を飲み込めず、きょろきょろと慌てるのでした。数日後、花街に麗しい貴人が現れました。壬氏です。やり手婆も目が眩むほどの金子と、虫から生えた奇妙な草を持ってやって来ました。彼の目的はただ一つ。一人の娘を所望したのです。やり手婆から猫猫を借金ごと買い取り、貴重な薬草は猫猫を自分のもとへ呼び寄せるための贈り物でした。〜薬屋のひとりごと第20話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第20話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第21話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第21話ネタバレここから〜契約書に判を押すのに時間はかかりませんでした。契約書を見た羅門は、一瞬曇った表情を見せましたが、好きにしなさい、と猫猫の意思を尊重しました。猫猫は、借金を肩代わりしてもらったうえで、一度は解雇された場所に戻ることになったのです。「はいはい、これもこれも、あとこれも持っていきな」梅梅は、猫猫に次々と化粧道具を持たせます。「ねぇ、こんなにいらないよ梅梅姉ちゃん」「いらない?あっちじゃもっといいもの使ってる奴らばっかりなんだからね!」「仕事行くのに洒落るのは妓女くらいなもんでしょ」「あんたさぁ、せっかく良い仕事もらえたのに、それに見合う人間になろうって思わないの?恵まれた立場にいるんだから、そこんとこ感謝していかないと、折角の上客が逃げちゃうよ」梅梅の言葉には説得力がありました。彼女は妓女としては引退も考える年齢ですが、今もなお人気が衰えないのは、歌や碁や将棋で楽しませる知性があるからです。「猫猫」「いいところに勤められて良かったね。しっかり稼いでおいで」「はい、わかりました」そう返事をする猫猫に、二人は金持ちの旦那を見つけろ、とか上客を連れてこい、などと口ぐちに言うのでした。「ただいま」「おや、たくさん貰ったねぇ」「こんなに貰っても荷物に入らないのにさ。どうしよ、これ。すり鉢も薬研も帳面もいるだろ。これ以上、下着を減らすのもなぁ」悩む猫猫に羅門は声をかけます。「これは多分持っていけないよ。医官でもないのに、調合道具なんて持ち込めば、何か企んでいるのかと疑われる」「そんな顔をしない。お前が決めたことなんだから」少しずつ許可を取れば持ち込めるものもあるだろう、と羅門は猫猫の頭にポンと手をやりました。「明日が初日なんだから、準備ができたら早く寝なさい」「…わかったよ」羅門は、足をひょこひょこさせながら火の様子を見ています。昔肉刑で抜かれた膝をさする様子は痛々しいものがありました。明かりを消すと、猫猫は自分の布団を羅門の布団にくっつけます。「なんだい随分久しぶりだねぇ」「もう子供じゃないんじゃなかったのかい?」「今日寒いし」羅門は嬉しそうに頬を緩めます。「また寂しくなるねぇ」「別に。今度は規則も緩いから」「そうだね、いつでも帰っておいで」そう言って羅門は、猫猫の頭をなでました。「母親はいない。でも母親のように優しいおやじと、うるさい婆と賑やかな姉ちゃんならたくさんいる。大丈夫、いつでも帰ってこれるからさ」〜薬屋のひとりごと第21話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第21話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第22話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第22話ネタバレここから〜猫猫は高順に宮殿を案内されていました。宮殿はとても広く、建物の数は、手足の指では足りないほどでした。「てっきり後宮に戻るものと思っていました」「一度やめさせた手前、そう簡単に戻ることはできません。子猫は今後こちらの外廷で働くことになります。」後宮は、皇族の住まう内廷に当たります。高順に連れられて歩く猫猫を、女たちが物陰から忌々しそうに見ています。新入りの観察でしょうが、嫌な予感がします…。壬氏は猫猫を何かしらの役職につけようと、試験を受けさせました。「試験と言っても、科挙ほど難しいものではないだろうに。なぜ落ちる?」猫猫は遊郭育ちで、読み書き詩歌などの最低限の教育は受けているものの、勉強は好きではありませんでした。薬に無関係な物覚えは人並み以下だったのです。「むしろ何故受かると思っていたのだろう」そうして、外廷勤務することにはなったものの、仕事の内容は、後宮の下女と変わりませんでした。猫猫は水桶を運び、拭き掃除をしています。どうも後宮に比べて、掃除が手抜きのように思われました。外廷の官女は書記官のようなもので、資格を持っていて、家柄と教養がありました。わざわざ仕事でない掃除をする必要はなかったのです。猫猫は、壬氏直属の下女として、雑用を行っていました。「あなた何様のつもりかしら?」「どうしてあなたみたいな子が、あの麗しい壬氏さまの直属で働いているのよ!?」そんなこと言われても、雇われただけなんだけど、と猫猫はうんざりします。「えっとつまり、あなた方は私に嫉妬しているのですか?」官女は猫猫の頬を張りました。「自分の言葉選びが下手なのは分かっていたが、やはり言葉を間違えたらしい」官女は5人。5人がかりのリンチは避けたいところです。「まさか私が特別扱いをされていると?そんなことあるわけないでしょう。あの天女のようなお方が、このような醜女を相手にするはずないですから。それに目の前にあなたたちのような鮑や猪肉があるというのに、わざわざ鶏の骨を食べたいだなんて。まさか彼の方は、そのようなマニアックなのでしょうか?」「そ、そんなわけないじゃない!」壬氏がマニアックなはずないと、官女たちは言い返します。「それなら、なぜあなたが雇われているの?」一人の官女が落ち着いた様子で問いかけてきました。とても美しい女性なのですが、化粧が惜しいと猫猫は思いました。この官女だけは、最初からやけに落ち着いていた気がしました。猫猫は袖をまくり、包帯をとって見せます。「理由はこれです」最近、やけど薬の実験をして自ら炙った傷跡です。官女たちはそれを見て恐れをなします。「わかって頂けましたか?あのお方はお心まで天女なのです。私のようなものにも食い扶持を与えてくださるのですから」猫猫はウソ泣きをして、同情を買う作戦に出ます。「…行こうか」官女たちは去っていきました。ようやく終わったな、と猫猫がため息をついて持ち場へ戻ろうとすると、壬氏の姿がありました。恐ろしい女の戦いを見かけて、隠れていたようです。「お前いつもああいうのに絡まれているのか」「後宮女官より数は少ないので、大丈夫ですよ」「…マニアック」壬氏がぼそっとつぶやきました。「別に悪いことは言ってないはず」と猫猫はそそくさとその場を立ち去るのでした。猫猫は壬氏から与えられた部屋に、薬草を集めて吊るしていました。悩みながら猫猫は、大切にとってある箱を開けます。中には、壬氏が花街へ迎えに来る時に持ってきた冬虫夏草が入っていました。「欲求に負け二つ返事で署名したが、今考えるとちと軽率だったかもしれないな」そう思いながらも、箱の中の冬虫夏草を見ると笑いが止まりません。「ぐふっ」先日夜中に奇声を発していたら苦情が来たので、止めなくてはと思う猫猫でしたが、冬虫夏草を見るとうれしさのあまり、不気味な笑いが止まらないのでした。「水連(スイレン)おかわり」「はい、ただいま」壬氏は寝間着姿のまま朝食をとります。その姿は色気に溢れていました。「この部屋に高順と初老の侍女しか入らない理由がよくわかる」と猫猫は思います。女なら色気にあてられのぼせあがり、男なら性別の垣根を超え押し倒していることでしょう。「今の部屋は手狭ではないか?」「私のような下女には十分なつくりのものを与えられていると思いますが…」本音を言うなら猫猫はもっと広い部屋で、井戸に隣接し釜土のある部屋に移り住みたいと思っていました。そのほうが薬を調合するのに都合がよいからです。「本当か?お前が良ければ新しい部屋を用意させよう」切迫した表情です。「言いたいことは、はっきりいってくれないとわからない」と思いつつも、新しい部屋が欲しいとは言えない雰囲気です。「では、井戸が近くにある厩(うまや)でも」「厩は却下だ」壬氏の数少ない侍女は、名を水連といい、五十路にしてこの広い棟を一人で切り盛りしていた人物でした。口がよく回り、仕事も早く、動く手も止まりません。「でもあなたが来てくれて助かったわ。さすがにこの齢でこの広さは辛くて」何度か新しい侍女を入れたことはあったのですが、続きませんでした。壬氏の持ち物が盗まれたり、見たこともない下着が箪笥に入っていたり…。そして、それは人毛で縫われていたと言います。「もういっそ、お面でもかぶって生きていけばいいのに」と思う猫猫でした。執務室に来客があったため、掃除のできない猫猫は、外廷内を散歩します。薬草を探すのが目的でした。西側は大体散策してしまったので、東側を周りたいと考えています。東側には軍部があるので、下女がこそこそとしていれば密偵と間違われるかもしれません。「軍部と言えば、名前を出すのもおぞましいあいつが…」「ここで何しているんですか」そこにいたのは、先日猫猫を取り囲んだ官女の一人でした。「あのもったいない化粧の官女か」「ここから先はあなたの立ち入る場所ではないはずです」「今後は気を付けます」軍部の方から来たということは、彼女は武官のお付きなのでしょうか。「それでは」そっけなく立ち去る官女。「白檀と独特な苦みを帯びた匂い。あれは一体…?」猫猫は再び東側に足を踏み入れようとしますが、昼の鐘が鳴ります。今回は戻ることにしました。「あーあ、主人が出かけていればいいけど」〜薬屋のひとりごと第22話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第22話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第23話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第23話ネタバレここから〜大きなあくびをします。他にも仕事があるような気がしますが、壬氏の部屋付きとして何をすればいいのか、猫猫には思いつきませんでした。考え事をしながら床掃除をしていると、壬氏が現れました。「朝餉でしたら、睡蓮様が今準備されていますが…」「新しい淑妃が来たことで、後宮としては妃教育をしたいそうなんだが。そこで、お前に講師をしろとのことだ」猫猫はしばらく黙ると、踵を返そうとします。「ご冗談を」「何が冗談だ」「国の将来をかけた教育と言うべきものだぞ。こっちにはこれもある」壬氏は一枚の紙を、猫猫に見せます。そこには、推薦人として賢妃 梨花妃の名前がありました。なぜ、梨花妃が?「あっ」さらに翌日、同じ内容の文が玉葉妃からも届きました。こちらにはご丁寧に、褒賞の額までもが記されていました。これを書いた玉葉妃が楽しそうに笑っている姿が、猫猫の目に浮かびます。「仕方ない」二人の妃から推薦されてしまったということで、さすがに無視はできなくなってしまった猫猫。猫猫を講師とした、後宮教室が開かれることとなりました。数日後、たくさんの荷物が、外廷に届けられました。もちろん請求書も添えられています。「婆、かなりふっかけてるな」猫猫は請求書を書き足し、水増し請求をしようとします。「なんだ、その荷は」突然の壬氏の声に、猫猫は思わず飛び上がります。「講義に必要な教材です。こっちが請求書」「なんだかここだけ墨の色が違うわね、やり直し」水連が不意に現れ、水増し請求は失敗に終わってしまいました。「ばあやがいる限り、坊ちゃんを標的にするのは難しそうだ」「それより、教材ってなんなんだ?見せろ」壬氏は興味津々で荷を解こうとします。猫猫は即座に立ちはだかり、猫のように威嚇します。「わ、わかった」猫猫のあまりの剣幕に、壬氏もたじろぐのでした。「子猫、運ぶのを手伝いましょうか?」「大事な教材を見せるわけにはいかない。やるからには徹底的にやるのが信条だ」猫猫はめらめらと闘志を燃やすのでした。そして当日、猫猫は、壬氏と一緒に久しぶりの後宮を訪れます。会場となるのは、先帝時代に使われていた講堂でした。その昔、増えすぎてしまった下女を寝かせるために使われていたそうですが、現在ではほとんど使われていませんでした。授業を受けるのは上級妃とその侍女だけなのに、あんなに広い講堂を使わなくても良さそうなものです。壬氏は講堂の扉を開けました。「ちょっと」「入らないでください」猫猫の言葉に、理解できない様子で聞き返す壬氏。「…なぜだ?」「授業を受けるのは上級妃のみとおっしゃったのは壬氏さまです」猫猫は壬氏の背を押して、追い出そうとします。華奢な見た目より壬氏はしっかりしていて、なかなか追い出せません。「ここから先は、女の園における他言無用の秘術ですので!!」ふう、と猫猫が安堵のため息をついていると、くすくすと笑い声が聞こえてきました。玉葉妃です。相変わらず美しいその姿に、猫猫は懐かしい気持ちになります。側にいる侍女の紅娘も変わりないようでした。紅娘は講義の内容が気になるのか、ややげんなりした表情です。そして、梨花妃も猫猫に微笑みます。病気になる以前の豊かな体型に戻り、体調も良さそうな様子。猫猫は安心します。後ろに使える水晶宮の侍女は、猫猫の姿を見て怯えています。里樹妃は、委縮している様子で下を向いています。他の上級妃が3人もいれば無理はないでしょう。侍女は、委縮する里樹妃を気遣うように側についていました。そして、最後の一人は、阿多妃の後釜の新しい淑妃です。名を猫猫と同じ17歳です。年齢からすれば、皇帝のお手つきになるでしょう。顔立ち自体は北寄りの出身に見えますが、まなじりを強調する濃い化粧をしているので、元の目の形は分かりません。かんざしまでも、南国調でそろえた服は、妃の中でかなり浮いています。侍女にも似たような格好をさせているので、趣味なのかもしれません。あくびを噛み殺し、ぼんやりと遠くを見る様子は、つかみどころがないように思えました。他の妃のようなあでやかさ、絢爛さは感じられません。「後宮の調和を崩せる人材には思えないが」猫猫は、楼蘭妃を見ながら考えを巡らせました。「今回、講師を承った猫猫と申します」「これから皆様にお伝えするのは、他言無用の秘術ゆえ、お渡しする書物や教材も門外不出にお願いします。それでは三頁を開いてください」猫猫は講義を進めていきます。玉葉妃は目を輝かせ、梨花妃は顔を真っ赤にしています。紅娘は風呂敷の中身を確認し、引いている様子。水晶宮の侍女は顔を真っ赤にして風呂敷を落としそうになります。里樹妃は口から魂が抜けたようになり、顔面蒼白です。侍女が慌てて支えます。楼蘭妃は興味なさそうに、教材の冊子を侍女に放りました。中はしんと静まり返っていて、中の様子をうかがい知ることはできません。「あの壬氏さま。一体何が起きているんでしょうか」「わからんな」その時、行動の扉が開き、猫猫が疲れた様子で出てきました。「ご苦労、長かったな」猫猫は壬氏の耳が赤くなっているのに気が付きます。「こいつ聞き耳たてていたな」推薦人の二人には、授業を喜んでもらえたようです。里樹妃は、気持ち悪くなったようで、侍女に支えられながら講堂を後にします。「里樹妃には、…ちょっと押し込みすぎたかもしれない」猫猫は視線に気が付きます。目が合うと、ふいと顔をそむけてしまいました。「最後まで何を考えているのかわからない妃だったなぁ」猫猫は後からもらえる金一封が楽しみだ、とガッツポーズをします。後日、「結局どんな授業をやったんだ?」と尋ねる壬氏に〜薬屋のひとりごと第23話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第23話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第24話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第24話ネタバレここから〜「本気ですか?」「さあて、どうする?朕の花の園を手入れする庭師であろう、お前は」壬氏はじっと皇帝に眼差しを向けます。皇帝の表情は変わりません。本当に自分が欲しいものはなかなか手に入らないのです。なのに、外見だけは誰よりも優れたものがついてきました。「わかっている。自分など、しょせん帝の手の平であがく子供に過ぎない。ならばもう、なんだってやってやろう」整った容姿、甘い声と眼差し、壬氏の美しさは男としては過剰すぎるものでした。それらを利用して、帝の無茶な願いを聞き届けてきました。それが壬氏にとっての仕事であり、帝との賭けでした。壬氏は皇帝に注がれた酒を飲み干すと、答えました。「御心のままに」壬氏は忙しそうに仕事をしていました。猫猫はそんな壬氏の様子を仕事をしながら見ています。猫猫は、反故になった法案が書いてある紙をまとめていました。紙が高価なこの時代、売れば小遣い稼ぎになるのですが、このような紙は燃やさなければなりませんでした。「ゴミ焼き場の近くには、軍部の訓練場や蔵があるから、気乗りしないんだけど…」ごみ捨てに行こうとする猫猫に、高順が綿入りの外套をかけてやります。「一年で一番寒い時期ですから、これを着ていってください」「ありがとうございます」その様子を刺すような目で見ているものがいました。高順は慌てて、だらだらと汗をかきます。「子猫、これは壬氏さまからのものですので」「ありがとうございます。壬氏さま」猫猫がそう言うと壬氏はまんざらでもなさそうな顔をします。「下女に綿入れ一枚渡すのにも、許可が必要なのか」猫猫はゴミ捨て場に向かいます。広い外廷を歩きながら、薬草があまりないことを悩んでいました。「このあたりにも種を植えておこうかな」猫猫はこっそり薬草の種を植えているのでした。歩いていると、李白を見かけます。「禿相手に茶を飲みに来ていると、やり手婆が話していたけど、頑張ってるんだなあ」本命の白鈴を呼ぶのには平民の半年分の銀が必要となるので、高嶺の花の顔を隙間から覗こうと、哀れにも通っているのでした。李白は猫猫の姿に気が付きます。「妃の付き添いか?」「後宮勤めから、とある御仁の部屋付きとなりました」「誰だそんなもの好きは」「そういや最近、緑青館の妓女が高官に身請けされたらしいな」その妓女とは、猫猫のことでした。契約が決まり、壬氏の元へ行く際、張り切った姉ちゃんたちに大変身させられたのです。説明するのが面倒な猫猫は、「そうですね」と話を合わせます。「それよりお取込み中のようでしたが、よろしいのですか?」「この季節には珍しくもないボヤだよ」「それで李白さまが現場に?」「ちょっと火元が分からなくてな」けが人は倉庫番だけで、命に別状はないようでした。猫猫は好奇心から、ボヤの起こった小屋を眺めます。建物の破片の散らばり方と、隣の小屋にまで届いたススを見る限り、ボヤと言うより爆発に近い、と猫猫は考えました。宮殿内の倉庫が燃やされたので、火付けの疑いがあるとみて、李白が見に来ていたのでした。猫猫は倉庫に、炭のようなものを見つけて拾おうとします。「近づくなって言っただろ」李白に止められますが、するっとその手をすり抜けます。「ちょっと気になりまして」落ちていたのは黒焦げになった芋でした。ここは食糧庫だったようです。その時、暗闇の中にキラッと光るものを猫猫は見つけます。爆発、食糧庫、落ちた煙管。猫猫の頭に、ある考えが浮かびました。猫猫は隣の食糧庫に入ると、中の様子を確かめます。「燃えた倉庫は、こちらと同じものが置かれていたんですか?」「奥から古いものを入れているらしい」慌てて追いかけてきた李白。猫猫はいくつかのものを、貰いたいと頼みます。「槌と鋸と釘も必要ですね」「嬢ちゃん、何する気だよ?」訳が分からない、といった表情の李白に、猫猫は答えます。「ちょっとした実験です」貧しい育ちなので、ないものを作るのは得意でした。若いころ、羅門は西方の国に留学していたので、古い記憶をたどって、この国の誰も知らない道具をよく作っていました。「仕上げに先ほどの小麦粉を中に入れます。火種はありますか?」李白が他の者に、用意させてくれました。猫猫は水を汲みに行きました。「わけがわからん」李白は思いました。猫猫は小麦粉を箱に入れます。「準備ができました。危ないので、建物の中に隠れていてくださいね」猫猫は火種を、箱の穴に投げ入れようとします。その様子をすぐ隣で見ている李白。「危ないので離れていてはくれませんか」「嬢ちゃんが何かやるんだろ、武官の俺が危ないものか」猫猫はため息をつきます。「危険なので、重々気を付けてください。行きますよ。すぐ逃げてくださいね」「逃げるって何がだよ?」その瞬間、ボンっと大きな音がして、箱が爆発しました。驚く李白の髪の毛に引火します。「わぁあ、消してくれ!!」今回の火種は煙管でした。爆発の原因は、倉庫にしまってあった小麦粉です。猫猫が小麦粉の袋をたたくと、空中に小麦粉が舞いました。これらに、火が付くことがあるのです。猫猫の推測では、倉庫番が人目を盗んで一服しようと倉庫の中に入ったことで、外気が中に流れ込んで、粉が舞いました。そこで煙管に火をつけると、部屋中に充満した小麦粉にも火がついて、結果爆発が引き起こされたのです。夜、部屋でくつろぐ猫猫は煙管を持ってきてしまったことに気が付きます。煙管はすすで汚れてはいるものの、綺麗にして吸い口をつければ元に戻りそうでした。「それにしても、倉庫番が持つには上等すぎる代物だ」猫猫は煙管を掲げながら思いました。「もしかしたら大切なものなのかな、磨いて返してやるか」〜薬屋のひとりごと第24話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第24話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第25話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第25話ネタバレここから〜高順が猫猫に声を掛けます。高順は、古い事件の資料を猫猫に見せました。十年前、商家で起きた食中毒について記してありました。なますに入っていた河豚を食べたようです。「河豚はあのピリピリした痺れが良い。良く死なない程度に毒が少ない部分を食べてたなぁ」高順は呆れた様子でそれを見ています。「今度、その手の料理屋に連れていきますから。肝は出ませんけど…」それを聞いて、猫猫はやる気を出します。「これがどうかしたのですか?」「昔、私が仕事でかかわっていた事件です。一週間ほど前、これとよく似た事件が起こり、元同僚から相談を受けました。河豚のなますを食べた官僚が昏睡状態に陥っていると」昏睡状態になるような毒であれば、通常肝を想像します。「特におかしな点はないのでは?河豚に毒があるのはよく知られているでしょう」「それが、今回の事件も前の事件も、料理人は河豚を使っていないと言い張っているのですよ」今回の役人と前回の商人は、ともに美食家でかつ珍味を好んでいたそうです。厨房のごみ箱からは、河豚の内臓や皮が発見されていて、証拠として提出されています。ただ、内臓部分がすべて捨てられていたことから、肝は食べていないと判断されたようです。二つの事件の料理人はともに、「河豚は前日の料理に使ったもので、倒れた当日の料理には使っていない」と無罪を主張しました。中毒症状を起こした主人は、料理を全て食べ終えた後、三十分後に倒れ、唇を青くし痙攣していたところを発見されました。「症状は河豚毒みたいだけど、これだけでは何とも…」話を聞いた猫猫は、もう少し情報が欲しいと高順に頼みました。翌日、高順は料理の調理書を持ってきました。使用人の証言では、主人に出す料理は大体この中に入っているそうです。猫猫はなますの作り方が載っている頁を開きました。しかし、季節や食材に合わせた酢の配合は書いてあるものの、魚や野菜の種類は細かく書かれていませんでした。「これでは肝心の何を使ったかが分かりません」「わからないのか?」「さすがにその顔は傷つく」壬氏は傷ついた顔をしました。「高順の話を熱心に聞いていたようだが?」「面白い話なら人は耳を傾けるものです」その言葉に壬氏はうろたえます。猫猫は壬氏の話をいつも聞いていないからです。「事件が起きたのは一週間前ですよね。材料は大根か人参と言ったところですか?」「それが海藻を使ったらしく」その言葉に猫猫はひらめきます。「高順さま、その家の厨房を見せてもらうことはできませんか?」厨房に入る許可は簡単に取れました。役人は、事件はもう終わったものとみているようでした。厨房を見る猫猫に、見たことのない武官がついてきました。「誰かに似ている気がする」武官は猫猫をじろりと見るので、よくは思われていないようです。下男が出てきて、厨房を案内してくれました。「こちらが厨房です。毒の一件以来、使われておりません」「何をしている!勝手に屋敷に入るな!早く出て行け!」男が下男につかみかかろうとすると、先ほどの武官が割って入ります。「ちゃんと奥方の確認はとっています。それにこれは仕事ですので」「本当か?」「それとも我々が入ると何か不都合でも?」「勝手にしろ!」先ほどの男は倒れた役人の弟君でした。役人が昏睡状態になってからは、弟君が屋敷を取り仕切っているそうです。弟は、ものすごい形相で猫猫を睨みます。猫猫は構わず、厨房を見て回ります。調理器具は料理人が洗ってしまったようで、さすがに生ものはもうおいていませんでした。「これ何かわかりますか?」猫猫は下男に尋ねます。中には、海藻が入っていました。「ああ!旦那様が好きなやつだ。お気に入りでよく食べていました。こちらに毒はないと思いますが…」「だそうだ!終わったなら早く帰れ」弟が割って入ります。「そうですね」猫猫は海藻の入った壺を棚に戻すと、こっそりと袖の下に海藻を隠しました。帰りの馬車の中で、武官は猫猫に問いかけます。「なんで簡単に引き下がった?」「引き下がったとは思っていません」「不思議なんです。この海藻が取れる時期にはまだ少し早い。だからといって塩漬けにしても今の時期まで持つものでもありません」猫猫は、この海藻がおそらく、この近辺で採れたものではないことを伝えます。「例えば、交易で南から仕入れたものだとか」武官はハッとします。「仕入れ先が分かるといいのですが」猫猫は詰所の厨房を使わせてもらって、検証を行いました。高順、相談主の武官、昨日の武官、そして何故か壬氏までもが同席しています。二枚の皿には、昨日の海藻が分けられて乗っています。調べたところによると、この海藻は南方から持ち込まれたものでした。下男に確認をとると、主人が冬場にその海藻を食べることはなかったということです。「この海藻については料理人にも聞いている。普段使っている海藻と同じ種類で毒のはずがない、と」相談主の武官がそう言いました。「おそらく普段の海藻と同じ種類の海藻です。ですが、同じ海藻なら毒がない、というわけじゃないんですよ。もしかしたら南ではあまり、この海藻は食べる習慣がないのではないでしょうか?」猫猫は、美食家の役人だと知った交易商が、金になるとわざわざ地元民に海藻の塩漬けを作らせたのではないか、と推測していました。「それのどこが問題になるのだ?」壬氏が口をはさみます。「世の中には、毒が無毒になることがあるんです。例えば鰻には本来毒がありますが、血を抜いたり加熱することで食べられるようになります。この海藻の場合は、石灰に漬けることが必要だったはずです」そして、嬉しそうに海藻を口に入れました。これには、みんな大慌てです。「何してる!」「これは石灰につけたものなので大丈夫です、多分」猫猫はもぐもぐしながら答えます。「ご安心を、ちゃんと嘔吐剤も用意してあります」「自信満々に言うな!!貸せ!」「吐け!」猫猫は流し台で苦しそうに吐いています。実は聞いただけの知識なので、一夜漬けで無毒化できるのかは検証が必要でした。「食べて無毒を証明するはずだったのに、捕まえて吐かせるとは、嫁入り前の娘を何だと思っているんだか…」吐き気の収まった猫猫は、気を取り直して説明を続けます。「ここで問題なのは、交易商人に海藻の塩漬けを持ってくるよう提案した人間が誰だったのか、と言うことです。食べる習慣のない地方から取り寄せれば、危険性が高いのは当たり前です」取り寄せたのが、食べた本人であれば、ある意味自業自得と言うことでしょう。猫猫は言葉を区切ります。「でももし、そうでないなら」この場にいる者たちはみんな賢い官僚たちです。「わかりました」高順も一言、わかりました、とだけ言いました。後日事件についての報告がありました。犯人は倒れた役人の弟でした。空きつけ先を見つけたところで、自分が買ったと吐いたそうです。動機は次子である自分にとって長子が邪魔だったからという、よくある話でした。海藻の毒については、酒場で横に座った客から教わったと言います。それが偶然か必然かは分かりませんでした。「結局海藻は食べられなかったなぁ」しかし、気を取り直して、冬虫夏草をどう使うか、心を躍らせて考えを巡らせます。「ふふふふ」ご機嫌でくるくる回っていると、帰ってきた誰かにぶつかりました。「お帰りなさいませ」帰ってきたのは壬氏とも知らず、猫猫はとびきりの輝く笑顔を向けました。「つい笑いかけたみたいに…」気まずさに目を伏せる猫猫。見たこともない笑顔に、壬氏は震え、ガンガンと柱に頭を打ち付けるのでした。壬氏はここの所帰りが遅く、疲れのたまっている様子でした。何やら、とある高官に目をつけられていて、案件に判を押すのを先延ばしにされているようです。ここの所毎日、執務室に居座られているのでした。「相手は頭のキレる軍部の高官だ。家柄は良いのに、四十を過ぎて妻帯もせず、甥御を養子にとって家の管理を任せている。興味あるものと言えば、もっぱら碁と将棋とうわさ話。有名な変人だ」「忘れよう!」思い出してもろくなことにならないと、記憶に蓋をします。壬氏が執務室で仕事をしていると、例の高官が現れます。「案件はもう通ったはずですが」壬氏は顔を引きつらせて言いました。軍師をしており、時代が違えば太公望だったと言われている人物です。このところ突っかかってくる理由はどうも、緑青館に縁のある娘を下女にしたことにあるようでした。「そういえば昔、緑青館に馴染みがいましてね」「どんな妓女ですか?」「若いころの話ですが、いい妓女でしたよ。身請けも考えましたが、世の中うまくいかないものでね。物好きの金持ちが二人、競い合うように値を吊り上げていたのです」時に、妓女の身請け金は離宮が一つ建つ額になります。羅漢がいうには、変わり者の妓女だったようで、芸は売っても身は売らなかったそうです。それどころか客に茶をつぐときも、下賤の民に施しを与えるような尊大な目をしていたとか。「かくいう私もその一人なのですが。背筋にぞくぞくとくる感覚がたまらないものでして」その話に、壬氏は身に覚えがありました。毛虫を見るような目の猫猫が脳裏に浮かびます。「いつか押し倒してみたいと、思っていたのですよ。結局その妓女を諦めきれず、仕方なく少々汚い手を使いました。妓女の希少価値を下げたんですよ。どんな方法か知りたいですか?」羅漢は壬氏を見て、にやっと笑いました。その態度に、壬氏は不快感を抱きます。「ここまできてもったいぶるのですか」「その前にちょっと頼みたいことがあるのだがね。先日知人が亡くなりましてね。そいつが思わせぶりな遺言だけを残して逝ってしまった。そちらに入った下女と言うのが、なかなか面白いようで。妙に謎解きが得意なようですな」「つまり?」壬氏は眉を寄せています。「大したこともない。頭の回るそちらの下女が調べてくれやしないものかと」「とりあえず、話だけでも聞かせてもらえないでしょうか」そのころ、猫猫は得たいの知れない悪寒に襲われるのでした。〜薬屋のひとりごと第25話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第25話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第26話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第26話ネタバレここから〜しかし、後継者を指名しないまま亡くなってしまったそうです。彫金細工師には三人の実子の弟子がいて、父親は秘伝と言える技術をその誰にも伝えていないらしいのです。きっと思わせぶりな遺言が、技術を伝えるための手掛かりなはず、と言うことでした。「つまり、彫金細工師の秘伝が分かればいいということですね」壬氏から事情を聴いた猫猫は、そう言いました。いつものように嫌そうな顔をされると思っていた壬氏は、拍子抜けします。「それで、その思わせぶりな遺言というのは?」遺言には形見分けの品が書かれていました。長男には離れの作業小屋を、次男には細工の施された家具を、三男には金魚鉢が分けられました。そして一言、「みんな昔のように茶会でもするといい」とだけ書かれていたのです。「形見分けにかなり格差があるようですが、どういう品なのでしょうか?」「そこまでは詳しく聞いていない。ただ、気になるなら行くといい」こうして、猫猫は彫金細工師の家へ行くことになりました。海藻なますの時にお付きで来ていた、若い武官がまた猫猫の付き添いで表れました。二人は馬車に揺られて、目的地へ向かいます。「家人に話をつけてあるが、表向きは私が話を聞くことになっている。お前はお付きと言う形だ」「わかりました」必要最低限しか話さない様子は、寡黙と言うより、猫猫を嫌っているようでした。猫猫は害がなければ構わない、と気にしていません。細工商人の家は、庭付きの立派な家でした。門から入ると、猫猫は、一本の大きな栗の樹を見上げました。昔は作業場として使っていたのですが、今は古い道具を置いたり、職人たちの茶飲み場になっているとのことでした。「兄さんたち、連れてきたよ」案内してくれていたのは三男でした。「なかなか変わった造りをしているな」馬閃は作業小屋を見て言いました。道具は片づけられ、すっきりしていますが、普通なら邪魔になるような部屋の真ん中に箪笥が置いてありました。箪笥を囲うようにして、テーブルがコの字に配置されています。箪笥は角が丸く削られて、彫金細工がはめられています。一番上の三列と、その下の中央の引き出しにカギ穴がありました。中央の引き出しだけ、アクセントとして違う金属が使われています。「窓の位置も変わっているな」と猫猫は思いました。西洋風で妙に長い窓は、外にある栗の樹のせいで、部屋に入る光は木漏れ日のみでした。箪笥の正面に位置する長い窓の下には、棚が置かれていました。棚は日に当たるせいで焼けており、色が褪せています。長い間、何かが置かれていたようです。「親父は秘伝の技を教えないまま、あの世へ行っちまった。俺に残したのはこの小屋だ」長男が言うと、次男は箪笥に手を置いて言います。「俺にはこの箪笥」「僕にはこれです」三男は金魚鉢を持ってきました。ガラス製のその金魚鉢は、キラキラと輝く美しいものでした。「親父も何考えてんだか。箪笥をもらったところで、兄貴の小屋に固定されてちゃ持っていけねぇし、鍵も一つしかないし、その鍵も穴に入りやしねぇ」不満そうに次男が言います。「鍵が穴に入らないとは?」馬閃が尋ねます。次男は鍵を取り出して見せました。「上の3つの引き出しは、全部同じ鍵で開くらしいけど、その肝心の鍵がどこにもないときたもんだ。これじゃせっかくの形見も何の意味もないぜ」その言葉に三男がむっとして言い返します。「親父はみんなで昔みたいに茶会をしろって言ってた。だからこの部屋のものを分けたんじゃないのか!」声を荒げる三男に対して、長男・次男は冷めた様子です。「お前はいいよな、さっさと金にできるものをもらったんだから」どうも兄二人と末っ子の間には、冷めた距離があるように見えました。「失礼します。お茶をお持ちしました」その時、細工職人の妻が茶を運んできました。「ありがとう、母さん」すると3人の兄弟は、わざわざ移動して座りました。定位置が決まっているのでしょう。日光が当たり眩しいからでしょうか。ちょうどこの時間は窓から光がさしていて、もう少し光が伸びたら箪笥に当たりそうです。しかし、さっき猫猫が留め具を見た時、箪笥には日焼けの痕がありませんでした。「焼けた跡?」猫猫ははっとします。「外には大きな木があって、日が当たるのは長い時間じゃない」「なにかわかったのか?」声をかける馬閃にも気が付かず、考え事をする猫猫。はっと馬閃に気が付きます。はぁ、と脱力する馬閃の姿に、猫猫は高順を重ねます。「誰かに似ていると思ったら、高順に似ているのだな」ぽかんとした様子で猫猫を見ている三兄弟に、猫猫は質問をします。「その鍵のある引き出しは開かないんですよね?」「昔は開いたんだけど、おやじが細工しているうちに開かなくなっちまったらしい」鍵は一つだけしかなく、壊したら中のものも壊れるといっていたので、勝手に壊すわけにもいかないのだ、と次男がぼやきました。「もしかして」「この鉢はもともとあそこの棚に飾ってあったものではないですか?」「そうですけど。昔は金魚を入れてここに置いていたんです。冬場は暖かい昼間だけ。そうですね、ちょうど今みたいに茶会をする時間帯に、ここに置いていました」猫猫はそれを聞いて、水をもらいに行きました。そして当時を再現して、金魚鉢に水を入れました。太陽の光が金魚鉢に当たってキラッと輝きます。「おい!なんだこりゃ!箪笥に光がっ」金魚鉢の湾曲した側面がレンズのようになり、太陽の光を集めたのです。金魚鉢からまっすぐ伸びた光線は、日が沈むのに合わせてゆっくりと移動します。そのうち、ぴたっと鍵穴に光線が当たりました。太陽が栗の木の陰に入ると、光線は消えていきました。「鍵穴に触れてみてください」「あっ熱い」「光を集めると熱に代わるんです。もしかして御父上は、貧血や腹痛などを繰り返していませんでしたか?」「あっ、ありました」猫猫は次男に、先ほどの鍵でこの引き出しを開けるように言います。入らなかった鍵を挿すことに抵抗を示す次男でしたが、なんと鍵は鍵穴に入りました。そしてガチャリと音を立てて、箪笥の引き出しが開いたのです。「どういうことだ?」「私はただ、『昔と同じようにみんなでお茶会をせよ』という遺言に従っただけです」引き出しを開けると、中には鍵の鋳型が入っていました。鋳型の中には金属が入っていて、鍵の形になっていました。鍵穴に詰まっていた金属が熱で溶けて、その下にあった型へ流れて固まったのでしょう。猫猫は鋳型から鍵を取り出し、上三つの引き出しの鍵に差し込みました。鍵はかちゃりと音を立てて回り、こうして引き出しは開けられたのです。大きさの異なる三つの引き出しにはそれぞれ、金属と結晶のようなものが一つずつ入っていました。「ちくしょう、何がみんな仲良くだよ!結局親父の最後のいたずらに振り回されて終わりかよ!」「まったくやってらんねぇ!」長男と次男は、口々に悪態をつきます。三男だけは、引き出しを見つめて考え込んでいました。きっと死んだ職人が意図したことを理解できたのは、この末っ子だけでしょう。「はんだ」は数種類の金属を混ぜ合わせることで、本来個々で溶ける温度より、低い温度で溶けるようになります。引き出しに入っていた三つの塊のうち、二つは鉛とスズ、そしてもう一つの塊を合わせることで新しい金属ができるとすればどうでしょうか。「わざとらしく引き出しの大きさが違うところは、配合の比率に関係しているのかもしれないが、これ以上口を出す必要はない」猫猫と馬閃は屋敷を後にします。聡い末っ子が仏心を見せるのか、それとも技を独り占めするのか、それはもう、猫猫には関係のないことでした。「先日はどうも」羅漢がまた、壬氏の執務室を訪れました。「やはりあの三兄弟、一番できるのは末息子だったようですね」羅漢はニィっと笑います。あの後、今までないがしろにされていた末の弟が力を見せだし、今後の宮廷御用達になるのではと言われていました。「最後に先代が作った細工は素晴らしかった。あれは単なる金具でしたが、祭具にあの細工を使うと映えるでしょうな」「そうですね」本来壬氏の立場には「祭具」など関係ないと分かっているのに、わざと話題を吹っかけているのです。「ところで前の話の続きを聞きたいのですが」壬氏は羅漢に切り出しました。「前の話と言いますと?」「以前聞いた妓女の話のことですよ」「あぁ、妓女の希少価値を下げる方法ですか。そういうことはその世界を知るものに聞いたほうが早い」羅漢はこともなげに言い放つと、ご機嫌で部屋を出てきました。「では、また」〜薬屋のひとりごと第26話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第26話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第27話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第27話ネタバレここから〜突然、壬氏は猫猫に尋ねました。花街で育てば、化粧の仕方は嫌でも覚えます。薬の他に化粧品を作ることもあったので、詳しい方でした。「どなたかに贈り物ですか?」「いや、俺が必要なんだ」「はぁ?」そもそも素材の良さに加え、性別の垣根を超える壬氏が化粧なんてしたら、国を滅ぼすかもしれない、と猫猫は思いました。「お前の白粉はどうやってつくっている?」壬氏は、自分の鼻のあたりに指をやって言いました。猫猫はいつも、そばかすを作って、自分の顔を醜くしています。「これは粘土を乾かして粉にしたものを油で溶いています」「それはすぐできるか?」一晩あれば作れると、猫猫は答えました。「顔を変えられる薬があれば、便利なのだが」「平民を装いたいということでしたら、できないこともありませんけど」「ではそれを頼む。俺を今と全く違う姿の人間にしてくれ」壬氏が一体何をするつもりなのか、猫猫にはわかりませんでしたが、それをわざわざ聞くほど命知らずでもありませんでした。そして翌日、猫猫が出勤してくると、湯あみをしてきた壬氏が水連に髪を拭いてもらっていました。「貴人にしかできない贅沢だな」それを見た猫猫は、顔を引きつらせてしらけます。「壬氏さまは本当に別人になりたいとお思いですか?」「昨晩からそう言っている」「なら失礼します」「な、なんだ?いきなり」「こんな上等の香をたく庶民はいません。今の壬氏さまのお召し物は、せいぜい下級官吏の普段着です」壬氏なりに平民になりきるつもりで用意してきていたのですが、そもそも庶民の暮らしを知らないので根本から違っていたのです。「とりあえず、違う衣に着替える必要があるのですが。高順さま、替えの衣の準備をお願いできますか」上等の香の匂いを消すためでした。その間に、髪を準備することにします。猫猫は湯の張った桶に、油と塩を混ぜます。これで髪の光沢をなくして、質感を悪くしていくのです。「平民は毎日湯に入るものではありませんから」壬氏の美しい髪は、猫猫の手によってざらっとした質感になっていきます。猫猫は布の切れ端で、髪を結っていきます。「何もそんな布の切れ端で結わなくても」そういう水連に猫猫はぴしゃりといいます。「平民はまとめられれば、なんでもいいんです」高順が服を用意して、戻ってきました。「これで本当によろしいのですか?」主人にこんな服を着せてよいのだろうか、とためらう高順。「もっと臭くてもいいくらいですね」匂いを嗅ぐ猫猫に、水連はよろめきます。「壬氏さま、服を脱いでください」言われるがままに上半身の服を脱ぐ壬氏。猫猫は、手ぬぐいを使い、壬氏の体型を変えていきます。手ぬぐいを壬氏に巻き付け、さらにそれをさらしで固定します。その上から服を着れば…美しかった壬氏の体は、途端にポッコリと腹の出た不格好な体型になりました。壬氏は太ったことに驚き、嬉しそうにしています。「次は顔です」猫猫は壬氏を座らせ、化粧を施します。色の濃い白粉をいくつか練り、平民のような日焼けした肌を作っていきます。「目を瞑ってください」壬氏の肌は近くで見ても美しく、髪どころか毛穴も見えないほどでした。「女子の化粧をすればどんなに」猫猫は悪戯を思いつき、ニヤッとします。「この機会を逃してどうしようというのか」猫猫は化粧道具の中から紅を取り出し、壬氏の唇にすっと引きました。その顔を見て、猫猫にも高順にも水連にも、衝撃が走ります。「ここにいるのがこの三人だけでよかった。もし誰か別のものがいたなら、大惨事となっただろう」と三人は秘かに思いました。「どうかしたのか?」目を開けて聞く壬氏の唇を、ものすごい勢いで拭き取ります。どんなに素晴らしくても、表に出してはならないものがあるのです。猫猫は気を取り直して、化粧を続けます。白粉で顔にまだらを付けたら、さらに濃い色の白粉でくまを作ります。本人にはない黒子などの特徴をつけ足していき、眉は左右の大きさを変えながら描きました。「顔の化粧はこれでおしまいです。手を出してください」猫猫は壬氏の手を取ります。猫猫は壬氏の手の平に硬いたこがあることを気が付きます。「筆か箸くらいしか持たないだろうと思っていたが、剣術や棒術の心得があるのだろうか。本来、宦官には必要ないはずだが」猫猫は疑問に思いましたが、くだらない質問をする必要はない、と胸にしまいました。手の甲にも、顔と同様に肌の色にムラを作り、すべての化粧が終わりました。「はい、どうぞ」猫猫は液状のものが入った筒を差し出します。「うわっ、なんだこれ」つーんとした刺激臭が壬氏の鼻をかすめます。「とても辛いですが、毒はありません。唇を濡らすようにゆっくり舐めて嚥下してください。唇と喉が腫れて声が変わりますから」「声か…」正直うまいと言える代物ではありません。「見た目やにおいが変わっても、蜂蜜のように甘い声で気が付く人間がいるかもしれない」苦しそうに飲み干す壬氏。〜薬屋のひとりごと第27話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第27話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第28話(前編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第28話(前編)ネタバレここから〜〜薬屋のひとりごと第28話(前編)ネタバレここから〜「あ゛あ゛~」「これが最後の仕上げです」猫猫は、綿を壬氏に手渡します。「輪郭をふくらませるために頬に含ませてください」言われるがままに、壬氏は綿を口に含みます。「完成です」「どうだ?」「まぁ、本当に坊ちゃん?これなら誰が見ても坊ちゃんとはわかりませんわ」それでも、二枚目半くらいに見えるので、壬氏の元の美しさは相当なものでした。今日はこの後から明日まで休暇をもらい、久しぶりに花街に戻って大好きな調合をする予定でした。「子猫、今日は実家に帰ると言っていましたね」「はい」にまっと高順が、何かを企んだような顔で笑います。「それなら、壬氏さまも途中まで同じ道筋ですよね」「げっ!」猫猫は思わず声に出しそうになります。「我々は、常に壬氏さまに付いていますから、顔を知られているでしょう。いつもと同じ従者を連れていればせっかくの変装もおかしく思われるのではないですか?壬氏さまもそう思いませんか?」猫猫は突然の不穏な流れに慌てます。「そうだな、お前が来れば助かるんだが」壬氏が乗り気なので、猫猫はますます慌てます。「…申し訳ありませんが、私が壬氏さまに付いていても、代わり映えはしないというか。自分は自分で部屋付きの侍女として知られていますし、万が一のことも考えて一緒にいないほうが…」付き添いを免れようと、必死に言い訳をする猫猫。「それなら、子猫も変装すればいいじゃない?……ね?」「…はい」水蓮の威圧に負け、猫猫は思わず了承してしまったのでした。「壬氏さま、姿勢が美しすぎます」「お前こそ、その口調をやめろ。それに名前を読んだら意味がないだろ」「では何と呼べば?」壬氏は少し考えて言いました。「私のことは壬華とでもお呼びください、お嬢様」壬氏は嬉しそうに猫猫にかしずきます。「お、お嬢…?」恰好からすればそれが妥当だ、と壬氏は言いました。猫猫は水連の娘の服を借り、そばかすの化粧を落として、いいところのお嬢様になっていました。「わかった。行こう、壬華」猫猫は壬氏の前を歩きました。いつもとは逆です。「目的地は?」「花街の手前にある飯屋です。そこで知り合いと待ち合わせを」わざわざ変装して合う知り合いがどんなものかは知りませんが、深く詮索しないのが賢い世渡りと猫猫は思っていました。市場を通り抜ける二人。猫猫は立派な大根を見つけます。小遣いも貰ったことだし、羅門へのお土産に買って帰りたいと猫猫は思いました。「買い物ですか?」「ああ、ちょっといいものが並んでいるから」「その格好で?」壬氏は指摘します。「わかった」猫猫は、大根をいったん諦めました。医師としても薬師としても優秀な羅門でしたが、損得勘定と言うものが欠落していました。だからあんなあばら家に住んでいたのです。にぎやかな市場を進むうち、壬氏は猫猫よりも前に出ていました。「坊ちゃんらしく市井の賑やかさが珍しいのだろうか。従者が主人より前へ出るとはまだまだだな」猫猫は壬氏を追い抜くと、ふんと振り返ります。そして付いてくるように、と前を歩くのでした。「なんで黙っている?」「別に話すことがないから?」しょげしょげと落ち込みます。猫猫は、もともと話好きな性格ではなく、特に用もないから黙っていただけでした。しょんぼりしてしまった壬氏をどうしようか、と思っていると、いい匂いがします。串焼き屋がありました。「おやじ串焼き二本」「はいよ」猫猫は串焼きを受け取ると、壬氏に差し出します。「壬華さん、冷めないうちに食べましょう」「香ばしい鳥皮とじゅわっと広がる脂がうまいんだよなぁ」宮中では出ない食事なので、猫猫は嬉しそうです。壬氏は串を片手にじっと見ています。「食べないんですか?この通り、毒はありませんよ」「いや、そういうことじゃなくて」壬氏は自分の頬をとん、と指さします。綿を口に含んでいるので、食べられなかったのです。水連が持たせてくれた懐紙に、綿を吐き出させます。「どうですか」そう尋ねる猫猫に、壬氏は頬張りながら答えます。「野営のときより、塩が効いててうまいな」野営?宦官は普通、武官のような仕事はしないと思っていましたが、戦でもないのに宦官が野営をすることがあるのだろうか、と猫猫は疑問に思いました。「まぁ、わざわざ聞く必要もないか」〜薬屋のひとりごと第28話(前編)ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第28話(前編)のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第28話(後編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第28話(後編)ネタバレここから〜「そろそろ、待ち合わせ場所に向かいましょうか」猫猫は立ち上がります。「まだもう少し、時間があるが」「遅れてもいけませんし、早めに向かったほうがいいのでは?」すたすたと先を歩いて行ってしまう猫猫に、壬氏はむっとします。「なんか、俺とさっさと別れようとしてないか?」確かに、別れたらもう一度市場に戻って、露店で大根と鶏を飼おうと思っていました。「…そんなつもりは。私はただ、相手を待たせては悪いと思っただけです」「……そうか」二人は再び通りを歩いて目的地へと向かいます。「…宮廷の生活も悪くないだろう。花街の生活よりずっといいと思うが」壬氏は、猫猫に宮廷にいて欲しいのでしょう。「確かに悪くないですね」与えられた部屋は狭いですが、綺麗な部屋ですし、違う部屋を用意しようかと打診もされています。ずいぶん恵まれた話でした。「でも、養父がちゃんと生活しているかどうか心配ですので」壬氏は、ぽかんとします。「…いや、お前が薬や毒以外のことに気を使うとは」「養父は薬の師ですから、長生きしてもらわねば困るんですよ」「よほど有能な薬師のようだな、お前の養父は」すると猫猫は得意げに話し始めます。自慢の養父なのです。「若いころは西方に留学していたこともあったそうです。漢方のみならず、西方の医術まで心得がありますから、短い期間ではなかったでしょうね」「…それは、よほど優秀だったんじゃないか」留学は国に選ばれなければ行けないからです。「ええすごい人です。ですが、運悪く一物をとられてしまいました」「それは、お前の養父が宦官だということか?」壬氏は驚愕します。羅門の欠点は、不運であることでした。西方で留学していたのを理由に、先帝の母-すなわち先の皇太后に宦官にされてしまったそうです。「医官、宦官」壬氏はつぶやきました。何やら記憶を辿っているようです。「あれ、言ってなかったかな」猫猫はその様子を見ても、気に留めませんでした。上は宿屋で、下は食堂になっています。「ああ、なるほど」猫猫はピンときました。「わざわざ変装してまで市井を周る理由はそう言うことだったのか。宦官にもこういう息抜きが必要なのかね」どうやらここは花街にあるような店のようでした。当の壬氏は、庶民の建物を珍しそうに眺めています。「では、私はここで」「待て、みやげがあったんだ。変人から職人一家の件の礼にと」ここでいう変人とは羅漢のことなのですが、猫猫はそのことを知りません。壬氏はひょうたんを猫猫に渡しました。壬氏は羅漢の言っていたことを思い出していました。「……なぁ、お前は緑青館の馴染みには詳しいのか?」「まぁ派手に立ち回る人であれば」「どんな奴がいる?」「ひみつです」猫猫はそんな質問をする壬氏をいぶかります。この聞き方では伝わらないと見た壬氏は聞き方を変えることにしました。「妓女の価値を下げるにはどうすればいい」言いにくそうに時間をかけながら、尋ねました。「不愉快なことを聞きますね。いくらでもありますよ。特に上位の妓女ならば」売れっ子は露出を控えるほど、周りが勝手に価値を上げるのです。緑青館では、禿時代に一通りの詩歌や踊り、学を教えられます。見込みのないものは、顔見世が終わると身を売るために、すぐに客を取らされます。逆に、見込みのあるものは茶のみから始まって、教養で客を取ります。さらに話術や才知にたけたものは、どんどん値を吊り上げられ、そこでわざと露出を減らすと、茶飲みだけで一年の銀が尽きる売れっ子妓女が出来上がるのです。中には見受けまで、客に一度も手を付けられないということもあります。花を最初に手折るのは自分でいたいと願うのが、男の浪漫というものなのでしょう。「手つかずの花だからこそ、価値があるのです。手折ればそれだけで価値は半減。さらに」猫猫は言葉を区切ります。「子を孕ませれば価値などないに等しくなります」それはつまり、羅漢は―。「それでは、私はここで失礼します」「ここでか?」壬氏は慌てて、猫猫の手をつかみました。「せっかく変装したのに、私が中に入っては駄目でしょう」猫猫は壬氏の手をあっけなく払いのけると、足早に去っていきました。猫猫の後姿を、いつまでも見送る壬氏でした。「大丈夫、何の感慨もなく言ってのけたはずだ」そして後ろを振り返ると、壬氏が建物の中に入っていくのが見えました。「飯盛り娘が買える店に行くなら、花街まで来てくれたらよかったのに」そして、扉の向こうへ消えていく壬氏の後姿に、心の中で声をかけるのでした。「今宵は、お楽しみくださいませ」〜薬屋のひとりごと第28話(後編)ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第28話(後編)のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第29話(前編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第29話(前編)ネタバレここから〜とある寝室。薄暗い部屋に、窓から光がさしています。長い髪の女が何かに馬乗りになっているのが浮かび上がりました。手には刃物を持っています。女は泣きながら、赤子を押さえつけていました。その涙が、赤子の頬に落ちます。赤子を押さえつける手には包帯がまかれ、血がにじんでいました。赤子は無垢な目で、女を見つめ返します。震える手で、女は刃物を振りかざしました。赤子の目に恐怖の色が浮かびます。「いやあああああああ」「はぁ、はぁ」ぐっしょりと汗をかいて、息が荒くなっています。「昔の夢。…いや、赤子のころにあったとされる夢か」はぁ、と布団の中でため息をつきます。妓女の価値の落とし方について、壬氏は聞いてきました。感慨も込めずに言ってのけたはずの猫猫でしたが、影響したのでしょう。「おはよう」羅門が声を掛けます。ああ、帰ってきたんだなと猫猫はほっとしました。「おはよう、おやじ」布団の中から返事をします。外廷に出仕してから初めての帰郷です。本来、宮仕えの下女に休みはありません。主人の仕事が休みでも、生活はあるのですから当たり前です。こうして今回休みがもらえたのは、水蓮に許しをもらえたからでした。「今日はどうするんだい?」朝餉を食べている猫猫に、羅門が柔らかい笑顔で声を掛けます。「別に」「特に用がないんだったら、緑青館に行ってくれないかい?」「わかった」しかし、今回の用事はそこではありませんでした。華やかな吹き抜けの玄関を通り、整えられた中庭を望む渡り、廊下を抜けた奥に、客が立ち入らない離れがありました。猫猫は、静かに扉を開きます。「おはよう」髪は乱れ、目はうつろです。手にも足にも腫瘍が広がっていて、鼻は崩れ落ちていました。その姿は、もはや人ではないようでした。「薬持ってきたよ」昔は毛嫌いされて追い払われていましたが、ここ数年はそんな元気もないようです。「とうに言葉も忘れてしまったのか」女に飲ませるのは、羅門が水銀やヒ素の代わりに使っている薬でした。それらより毒性は少なく、よく効くのですが、今の容態では気休めにもなりません。それでも、与えるしか治療法が分からなかったのです。この四十路近い、鼻のない女も、かつては蝶よ花よと謳われた妓女でした。今でこそ、客を選ぶだけの格式のある緑青館でしたが、十数年前、泥のかかった看板を掲げていた過去がありました。早い段階で薬を与えていれば治ったものだろうに、今はもう、外見だけでなく、体の内に病は進行し、記憶もずたずたに引き裂かれていました。羅門が妓楼を訪れたころには、病はちょうど潜伏期間に入っていました。その時病状を教えていれば対処できたはずなのですが、突然現れた元宦官の男をみんなが信じるわけがなく、病状が告げられることはありませんでした。妓楼では、客を取らなければ、食べてはいけないのです。それが妓楼の掟でした。数年後、再び体に発疹が出始めると、腫瘍は瞬く間に広がりました。それ以来、女はこの部屋に押し込められて、客の目の届かぬところに置かれ続けているのです。本来、使い物にならない妓女は、追い出されるのが常です。ドブに投げ出されなかっただけ、寛容と言えるでしょう。「だいぶ臭いがこもっているな。香を焚きながら身体を拭くか」猫猫は香を焚きます。これは、職人一家の件の礼にもらったものでした。酒と思って受け取ったら、香だったのです。調薬では匂いが混ざると困るため、使えないので持ってきたのでした。ほんのり甘くて上品な香りがします。すると、かすれるような歌が聞こえてきました。口元には笑みが浮かんでいて、機嫌がいいようです。その時、パタパタと足音がして、禿がやってきました。「なんだ一体?」「姉さんに言われて。こっちに戻らにほうがいいって。変な眼鏡の人がいるから」「そうか、わかった」緑青館の顧客で古い馴染みの男でした。猫猫にとっては、できることなら会いたくない男でした。「ここにいれば、その客が来ることはない」しばらくここにいなければいけないようでした。猫猫は、湯を張った桶に手ぬぐいを浸します。すると、あの女が起き上がりました。袋の中から、白と黒の石を取り出して並べています。猫猫は身体を拭くのをやめました。女が石を並べているのを、じっと膝を抱えて眺めます。「バカな女」〜薬屋のひとりごと第29話(前編)ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第29話(前編)のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第29話(後編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第29話(後編)ネタバレここから〜「お疲れー猫猫。もう帰ったよ」猫猫の会いたくない男は、帰っていったようです。「猫猫に、またあの話が来たわ」そう言う梅梅に、猫猫は寒気で身を震えさせます。「性懲りもないね、あのおっさん。ねえちゃんも、よく付き合えるね」猫猫の率直な感想でした。「割り切れば、いいお客よ。金払いさえ良ければ、おばばは何も言わないしね」猫猫は視線を落とします。「…婆がここ数年、妓女になれってうるさいのはそういうことだよね。雇われてなければ今頃あの客に売り飛ばされていたかと思うと、ぞっとする」やり手婆は、猫猫が李白を連れて借金をする前から、何かにつけて猫猫を緑青館で働かせようとしていました。不快そうに眉を寄せる猫猫を見て、梅梅は彼女をなだめます。「他から見たら、またとないご縁だわよ」「はぁ?」猫猫は梅梅の言葉に、心底嫌そうな顔をして睨みました。「そんな顔しない」妓女にとっての良いご縁というのは、どうも他と少しずれているようです。猫猫は面食らいました。「望み望まれを願ってかなう妓女が、どんだけ少ないかわかる?」「婆なら、銀の重みでそんなもん蹴り飛ばすからね」「あれは、極楽行きの船賃を稼ぐためにため込んでいるから、仕方ないわよ。そのうち、私らの誰かを売りに出す気みたいだわ。もう年だからね」梅梅はため息をつきながら、言いました。まだまだ美しいですが、容貌に陰りが見える前に、やり手婆は売り飛ばしたいのでしょう。「独立すれば?」「婆に目をつけられたくない。もう少しだけ、この仕事続けるわ」梅梅の表情は、少し切なそうな儚いものでした。猫猫はその笑顔の裏に、複雑な感情があるのに気が付きましたが、あまりそのことについて深く考えたくはありませんでした。「…恋か」壬氏は、いつもの姿で執務室にいました。どことなく浮かない表情です。「まさか、昨日の待ち合わせの店が、花街のような接待をしているなんてな」変装して向かった店は、飯盛り娘が買えるサービスのある店でした。猫猫は「息抜き」ととらえていましたが、壬氏は全く知らなかったのです。「そんなものを買いに行ったわけじゃないのに」壬氏は漆塗りの箱をちらっと見ます。そう提案したのは高順です。壬氏は矛先を高順に向けます。「高順、何か企んでないか?」高順は静かに首を振りました。「それよりも、街歩きはどうでしたか?」「…そう言えば、あの娘の養父とやらは、もとは宦官で医官だそうだ」「元医官の教えを受けたならあの知識は納得いきますが、そんなに優秀な医官が宦官の中にいたでしょうか」「不思議だろう?」正直、後宮の医官の質はよくありませんでした。医官になれる人間が、去勢してまで後宮に入る必要はないからです。口元に手を当てて考えを巡らせる高順を見て、壬氏は「この男なら調べておいてくれるだろう」と思うのでした。妓女の価値の下げ方を聞いた時、猫猫は妙にしんみりとした表情していたように思いました。トントン、と扉をたたく音がして、羅漢が入ってきました。「失礼するよ。先日の話の続きをしましょうか?」その姿を見て、壬氏はむっとします。「詳しいものに聞きましたよ。本当に随分とあくどいことをなされたようで」軽蔑の意を込めて、壬氏は言いました。猫猫の答えから、この羅漢というずるがしこい狂人が、何をやったのか、あらかた想像は付きました。なぜ緑青館の身請け話から突っかかってきたのか?なぜ昔のなじみの話をしたのか?なぜ結論を他人から聞けと促したのか?壬氏の中で辻褄は合い、納得することができました。「あくどいとは失礼な。やり手婆を説得するのに十年かかったのに、それを横からかっさらったトンビには言われたくないね」羅漢は、冷たい嫌らしい目をして言いました。「しかし、『油揚げ』はもう、私のものです」「いくらでも出しましょう。昔と同じ轍は踏みたくないのでね」「嫌だと言ったら?」壬氏は鋭い視線を、羅漢に向けます。「貴方様にそう言われると参りますな」「やはり、正体を見抜かれている」「しかし、『娘』が、それをどう思うかなのですけど」羅漢は愉しそうに笑いながら言いました。「ああ、嫌だ。つまり羅漢は猫猫の実の父親だということだ」壬氏は叫びだしたい思いでした。「娘に、そのうち会いに行くと伝えていただけますか?」羅漢はそういうと、去っていきました。呆然と執務室に残された、壬氏と高順。お互いに顔を見合わせると、深い深いため息をついたのでした。「あ~戻っていたのか」「壬氏さま、おはようございます。朝食の毒見に間に合うよう、今朝方戻りました」「…そうか、ご苦労だな」壬氏は、言いにくそうに一呼吸おいて話を続けます。「今度お前に会いたいという、官がいるのだが」「どんな方ですか?」聞き返す猫猫。「ああ、前から話している変人だ。名を羅漢という」壬氏は、その表情を見て青ざめます。この娘にとって、あの男がどんな存在なのか知るのには十分すぎる表情でした。「…どうにか断っておく」壬氏は声を絞り出します。「ありがとうございます」猫猫は頭を下げると、ケロリといつもの顔に戻り、仕事へ戻っていきました。「あんな表情は初めて見た」そして、うなだれながら思うのです。「出来ればもう、見たくもないな」〜薬屋のひとりごと第29話(後編)ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第29話(後編)のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第30話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第30話ネタバレここから〜猫猫は拭き掃除をしています。脳裏には、この前の壬氏の言葉が浮かびます。猫猫は重い気持ちになり、はぁ~っと深いため息をつきました。「あの男の話題は予感していた。だからこそ、軍部に行くのを避けていたのだが」猫猫が軍部を避けるようにしていたのは、羅漢がそこにいるのを知っていたからでした。「あらもう疲れたの?まだ半分以上残っているわよ」「いえっ」猫猫が壬氏に使えるようになって二か月がたちました。壬氏には、半月に一度、定期的に回ってくる仕事があるようでした。前日からゆっくりと湯浴みをして、香を焚いて出かけていきます。今日は壬氏が出かけているので、いつもより掃除の範囲が広がったのでした。「夜の食事は精進料理だから、あなたも肉や魚をつままないようにしてね」茶を飲みながら、水蓮がそう言いました。「わかりました」まるで禊のようだ、と猫猫は思いました。祭りごとを仕切る人物は、禊を行うことがありました。壬氏が高貴な生まれであれば、その一つや二つを請け負うことは、なにもおかしいことではありません。「しかし、宦官でも祭祀ってやれるのか?」猫猫が考え事をしていると、水蓮が声をかけます。「午後はお使いに行ってくれる?ちょっとお薬をもらいに医局まで」「わかりました」いつもよりもはきはきと返事をする猫猫に、いつもそうやってはきはきしていればいいのに、と目を細める水蓮でした。医局は外廷の東寄りの位置にありました。軍部に近いのは、軍部のけが人が多いからでしょう。猫猫は羅漢に近づきたくないのはやまやまでしたが、それ以上にこちらの医局に興味がありました。後宮の医局は、やぶ医者の管理で宝の持ち腐れとなっていましたが、外廷の医官は優秀なはずです。ここではさぞ、活用されているに違いない、と猫猫は胸を躍らせます。「失礼します。薬をいただきに参りました」猫猫は医局の薬師に声をかけて、札を見せます。「ああ、この苦みが口の中に広がるにおい。たまらない」顔が緩み切っています。「出来れば医局の中をあさりたい。隣の部屋にある薬棚をじっくり観察したい」溢れ出る薬への思いが、猫猫をうずうずさせます。「いや、駄目だ。こらえろ」足が勝手に隣の部屋へと進んでいくのを、猫猫は必死で抑えます。結果、おかしな格好になっています。「何やってるの?」その声に振り替えると、そこには、あの残念な化粧の官女が立っていました。「ただ、薬を待っていただけです」猫猫はおとなしく椅子に座りました。薬師が奥から現れると、官女に声をかけます。薬師は頬を染めて、嬉しそうです。「詰所の常備薬を頂きに」あの官女は翆苓というようでした。「そういえば前会った時も、軍部の近くだったな。軍部に勤めているから、あの時薬草に匂いがしたのだろうか」翆苓はじとっとした視線を猫猫に送ります。どうやら、あまり良くは思われていないようでした。「ほかにいるものはないか」薬師は親切に声をかけますが、翆苓の方はそっけない様子です。「それでは失礼します」と足早に医局を去ってしまいました。薬師はそれを残念そうに見送ります。「…ああ、本来なら官女なんてやらなくていいのに」薬師はボソッと呟きました。「意味深な言葉だ。けれどまぁ、首を突っ込む必要もない」猫猫は先ほど聞いたことを胸にしまいます。それよりも、貰った薬が何なのかが気になっていました。わくわくしながら、こっそりと開封します。半紙に包まれていたのは、粉末でした。猫猫は指にとって舐めてみます。「…芋の粉か?」首をかしげる猫猫でした。「水蓮さま。また医局に行くような用事はありませんか?」「あら、おさぼりは駄目よ」猫猫は期待に胸を膨らませて水蓮に尋ねますが、撃沈してしまいます。「それと、こっそり変な草を物置に隠すの。あれも駄目だからね」「はい」さすが年の功、紅娘の何倍も手ごわい水蓮です。「部屋が狭いようなら、壬氏さまにお願いしたら?部屋は余っているのだから、使わせてもらえるかも」以前、厩を貸してくれと言われたときに断られていました。「貴人の住まう場所を薬棚扱いはできませんから」それを聞いた水蓮は少し考えます。「子猫は、あまり気にしていないように見えて、けっこう区切りをつけているのね」「私はもともと卑しい生まれの娘ですから、今ここにいるのも不思議な縁です」「そうね。けれど、尊い生まれだから別のものだなんて、思わないでもらいたいわ。何がどう転じて、どうなるかわからないのが人生だもの。生まれだけで分けるなんて、もったいないと思わない?」猫猫は静かに水蓮の言葉を聞いていました。「そうですか」「えぇ、そうよ。さて、そろそろ次のお仕事をお願いしようかしら」水蓮の背丈の半分もあるでしょう、大きな籠を持ってきました。中には、ごみがいっぱい袋に入れられています。「これを捨ててきてくれない?ここのごみは勝手に中身をあさられやすいから、なかなか下男下女には頼めなくって」「ゴミ捨て場に行く途中、医局があるでしょう?前を通るだけなら別にいいわよ」一瞬、猫猫は顔を輝かせますが、すぐに気づきます。「それって、生殺しじゃないですか!」籠いっぱいのごみを背負って、泣きながら医局の前を通り過ぎるのでした。「あの貴人は、どれだけ無駄に周りを惑わせているんだ?」息を切らしながら、焼却場に籠を運んだ猫猫。こうして、壬氏のごみは誰にも暴かれることなく、灰になったのです。猫猫は、空になった籠を背負って、帰ろうとします。その時、見覚えのある植物が、猫猫の目に入りました。「あっ、あれは!」猫猫は飛びついて観察します。「この葉の形、この匂い、やはり生姜だ。なぜ雑草に混ざって」厩の裏なので、栄養が行き届いていたのかも知れませんが、だからといって生姜がこんなところに自然に生えるとは思えません。猫猫は、向こう側が小高い丘があることに気が付きました。猫猫は喜びに胸を躍らせます。「何やってるの?」突如、背後から聞き覚えのある声がしました。なんと、翆苓が立っていました。「安心してください。まだ何も採ってません」「つまり今から採るところだと?」翆苓は手に鎌を持っており、猫猫は怯えました。「非公式な場所だし、別に咎めようとは思わないわ。ただ、一応医官も知っている場所だから、あんまり出入りしないほうがいい」翆苓は鎌を置いて、雑草を抜き始めました。「この場を任されているんですか?」「好きなものを植えさせてもらっているだけ」「何を植えるのですか?」「蘇りの薬」猫猫は息をのみます。「それはっ。な、…なんですか」猫猫の反応に、翆苓は一瞬驚いた顔をします。そして、ふっと寂しそうに笑いました。「冗談よ」死者がよみがえることができる薬があるなら、喉から手が出るほど欲しい、と猫猫は思いました。「あなた、薬師って聞いたけど、どれほどの腕前なのかしらね」翆苓はまるで挑発しているかのような口調で言いました。そして立ち上がると、遠くを見ながら言いました。「もう少し先の話だけど、ここに朝顔を植えるわ」〜薬屋のひとりごと第30話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第30話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第31話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第31話ネタバレここから〜「おーい嬢ちゃん!」「李白さま。どうかされましたか?」「困ったことが起きた」そう告げる李白に、わざわざ話に来たのだからよほどのことなのだろう、と猫猫は思いました。前に倉庫でボヤがあった時のことです。あの時、別の倉庫で盗みがあったのだ、と李白は話しました。「火事場泥棒ですか。何が盗まれたんです?」李白は猫猫を木の陰に誘いました。人目を避けたほうがいい話題のようです。李白は耳打ちしました。「なくなったのは、祭具なんだ。しかも一つじゃないんだと」「そんなずさんな管理だったんですか?」「いや、そうでもない」李白の話では、ちょうどその責任者が食中毒になってしまい、不在だったということでした。好物の海藻にあたったまま、意識が戻らず、仕事にも復帰できないと言います。「それって、珍味好きの管理の話ですか?」「お前なんで知っているんだ?」ボヤと同時に窃盗があり、同時期に倉庫の管理者は食中毒で不在とは、偶然にしては不可解です。「前任の管理者に聞けばいいのでは」「それが長年関わっていた高官も去年死んじまって、詳しいことが分からんらしい」「その高官とは、どのような方でしたか?」「何て名前だったか。とにかく甘いものが好きで…」「もしかして、浩然さまではないでしょうか」塩の過剰摂取で死んだ男です。「それだそれ!」李白は、やたらと詳しい猫猫に驚きました。「これがすべて偶然の重なり?いや、一つ一つの事故がもし、故意に引き起こされたものだとしたら」猫猫の胸はざわつきます。「それで、私に何かご用ですか?」「それだ本題!」李白はボヤ事件のときに落ちていた煙管を取り出します。返そうとしたら、持ち主に突き返されてしまったそうです。「上等な品なので、大切なものかと思ったのですが」「それがこれ、どっかの官女に貰ったらしいんだ」李白が倉庫番から聞いた話によると、あの晩、暗い中一人で歩いていた官女を、場外まで送っていったそうです。その時に、礼としてこの煙管をもらったということでした。「ただの倉庫番がこんな立派なものをもらったら、すぐに使いたくなるかもしれませんね」必ずしも全員がそうするとは限りませんが、騒ぎを起こして、狙いの倉庫の警備を手薄にする算段で、その官女が倉庫番に煙管を渡したのだとしたら…。「李白さま、その官女って」「ああ、一応詳しく聞いたぞ。だが官女の顔は暗がりでよく見えなかったそうだ」官女は襟巻をしていたそうで、季節柄のせいでもありますが、あらかじめ顔を隠していたのかもしれません。「ただ、女にしては上背があって、なんか薬の匂いがしたそうだ」猫猫は、はっとします。「身長からしてお前じゃないのは、わかっているんだが、心当たりはないか?」彼女とすれ違う時に薬のにおいを嗅ぎ取りましたし、彼女は身長も高かったのです。猫猫は李白に翆苓のことを告げようかと悩みます。「憶測でものを言っちゃいけないよ」羅門の言葉が、猫猫を押しとどめるのでした。「さっきあげた事故や事件の他に、何か不可解なことはなかったでしょうか?」猫猫の質問に、李白は頭を悩ませます。「そう言われてもなぁ。調べたら何かあるってわけか?」「偶然がいくつも重なって、やがて必然になった時、そこにその長身の官女に似た人物がいたらどうでしょうか?」猫猫は翆苓の名前を直接出すことは避けましたが、周辺を調べて翆苓が浮かび上がっても、猫猫には関係のないことでした。「なるほど」李白は得心して、猫猫の肩をバシバシとたたきます。その様子を、木の陰から覗いている黒い影がありました。「楽しそうだな」李白は慌てて、その場を去ります。「あの武官とはずいぶん仲が良いようだな」「そうでしょうか?」じとっとした壬氏に対して、猫猫はけろりとしています。今回の話が、浩然と繋がったのなら、壬氏にも関係がないとは言い切れません。「壬氏さま、詳しくお話してもよろしいでしょうか?」猫猫は壬氏に、李白から聞いた話と、ここ最近の事件のつながりについて話しました。「それは、妙なつながりがあったものだな。それで何があると思う?」「現時点では、何をしたいのかわかりません。一つの事件を確実にというより、いくつか罠を仕掛けてどれかが成功すればよい、という具合にも見えます」「そうなると、他にも仕掛けてある可能性があると」どれも事件か事故か判断のつかない案件ばかりで、まだ偶然が重なっただけの可能性も捨てきれませんでした。「乗り気ではないのか?」「乗り気?」猫猫はいつも、面白がって首を突っ込んでいるわけではありませんでした。たまたま目にしたことが気になっただけでした。「私は単なる下女ですので、言われた仕事を行うだけです」淡々と答える猫猫を見て、壬氏はあることをひらめきます。「なら、こういうのはどうだ?」壬氏はウキウキしながら筆を取りました。「先日、交易商人のところを周った時、面白いものが出ていると聞いてな」壬氏は猫猫に、書いた紙を見せます。「こういう名だったんだが」牛黄とは、薬の一種であり、牛の胆石のことです。1000頭いるうちの1頭にしかないとされ、薬の最高級品として扱われるのです。貧しい花街の薬屋では、そうそうお目にかかれない垂涎の代物です。「なんだこの宦官は!それをくれるというのか?」猫猫は息を荒くします。「…いるか?」「いります!!」「子猫」猫猫は正気を失っていました。気付けば机によじ登り、身を乗り出して壬氏に迫っていました。高順が猫猫の服の裾をつかんでいます。「失礼しました」壬氏は嬉しそうに顔をほころばせます。「やる気になったようだな」「本当に牛黄は頂けるのでしょうか?」「仕事次第だ。情報は逐一やろう」壬氏は久しぶりにキラキラの笑顔を向けます。「壬氏さまの思うままに」猫猫は、今まで見たこともないほどやる気に満ちていました。「ということで高順。手配を頼む」〜薬屋のひとりごと第31話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第31話のネタバレです。以下、薬屋のひとりごと第32話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第32話ネタバレここから〜機密文書では、ここ数年宮廷内で起きた事故や事件が箇条書きされています。文官が猫猫の希望の文書を持ってきてくれました。先日の、毒海藻なますで食中毒を起こした事件が書かれている文書がありました。礼部とは、教育や外交をつかさどる部署のことだったはずです。猫猫は文官に尋ねます。「あの、これはどんな官職ですか?」「ああ、これは祭事を司どっているんだよ」猫猫は、李白が祭具を管理していたと言っていたことを思い出します。猫猫は、はっとします。食中毒の官も、浩然も、祭事に関わる官吏でした。予め狙われていたのでしょう。そして、あのボヤ騒ぎが、より確実に祭具を盗み出すためのものなら、偶然に見せかけられたこれらの事件が重なり合う、「必然」が起こる場所があるはずです。祭事自体は小さいものから、大きなものまで年中行われます。しかし、ここまで手をかけて盗んだ祭具が使われるとすれば、中祀以上のものでしょう。祭事のことを聞けばわかるだろうと思いましたが、今日は一日出かけると言っていました。「そうだ!祭事に興味があるなら、ここにいいものがあるぞ」文官は、祭事場の絵を持ってきてくれました。「外廷の西の端にある、蒼穹壇っていってな。なかなか変わった造りなんだよ」その絵によると、天井に大きな柱をぶら下げていて、中央の祭壇の上にはひれが舞っています。「毎回柱を下ろして、言葉を足していくんだ。これが窯で焚かれた香の煙で舞い、願いとなって天に昇ると言われている」文官は詳しく教えてくれます。「なんだかお詳しいのですね」「これでも、書庫に来る前は礼部でもっとちゃんとした仕事をしていたのさ」文官は話を続けます。「最初は強度が心配だったんだが、問題がないみたいで安心したよ」「強度?何のことですか?」「中央の柱は天井の滑車に通した紐を、床に固定して吊り上げられているんだが、柱が大きなものだから、もし落ちたらと思うと心配で。強度について上に忠告したら、こんな場所に飛ばされてしまったんだ」「なるほど」確かに恐ろしい話です。もしも金具などが壊れて、天井から柱が落ちてきたら、一番危ないのは真下にいる祭事を行うものです。中祀以上の場合、犠牲となるのはやんごとなき立場の人物です。「しかし、祭具を盗む動機としてはあり得るかもしれない。いや、だとしても、こんな重要な祭具がなくなれば、必ず作り直すはず」秘伝の技を使って、宮廷の御用達に昇りつめた三男。なくなった祭具がもし、作り直されていたとしたら?「すみません!この場所で、次、祭事が行われるのはいつですか?」猫猫はひっ迫した様子で、文官に尋ねました。文官は少し考えて答えます。「ちょうど今日だな」西の蒼穹壇に向かいます。「予想が正しければ、これは長い時間をかけて寝られた計画のはずだ」不確定な仕掛けを一つ一つ積み重ね、ようやくここまで結びついたのでしょう。あくまで予想にしかすぎません。でももし、その予想が的中していたら、金具の近くには火があるはずです。「おい!お前何をしている」警備の武官に止められて、猫猫は舌打ちをします。早くしないと間に合いません。「緊急事態です。中へ通してください」「だめだ、祭事中だ。お前のような下女が神事に口出しする気か?」もっともでした。猫猫はただの下女で、なんの権力も持ちません。何かが起こる確証があるわけでもありません。「でも」猫猫はぐっと拳を握り締めます。緑青館のあの鼻のない妓女の姿がよぎりました。「取り返しのつかないことはいつも、気付いてからでは遅いのだ」「命の危険があります。祭事を取りやめてください」「お前が決めることじゃない」「あの祭壇には、致命的な欠陥が見つかりました。誰かが工作した可能性があります。ここで中に入れなければ、後悔することになりますよ。こうして私が危険を説いているのに、それを拒んだのであれば」猫猫はここで言葉を区切り、わざとらしく芝居がかった声を出します。「ああっ、そういうことですか。私を邪魔してことが起こるのを待っているのですね。つまり貴方は、工作をやらかした輩と繋がっていると」挑発的な目を武官に向ける猫猫。あまりの衝撃に、吹っ飛ばされる猫猫。「視界が白い、耳が熱い」猫猫は、騒ぎが起きれば祭事が止まるかも知れないと、わざと腹の立つ物言いをしたのでした。しかし、祭事は続けられています。なおも殴りかかろうとする武官を、別の武官が止めに入ります。ぼたぼたと血が落ちてきます。鼻血が出ていました。まだ気を失うわけにはいかない、と猫猫は立ち上がります。「気は済みましたか?通してください。」こんなことをしている暇はないのだ、もし何かが起きたりすれば牛黄がもらえない!「中にやんごとなき身の方がいらっしゃるのでしょう?何か起きたら飛ぶのはあなた方の首ではありませんか。祭りを中断しろとは言いません!私を見逃してください、偶然鼠が入ったとでも言って。それなら、飛ぶのは私の首だけで済むでしょう」できることなら斬首ではなく毒殺にと、壬氏に乞うつもりでいました。猫猫の必死な様子に、武官たちは動揺しています。「お前のような小娘の言を信じろというか」「では、私の言ならどうだい?」後ろから、近づいてくる人物がいました。「あなた様は…なぜこんなところに」「それにしても、年若い娘を殴るとはどういうことだろうね。怪我をしているじゃないか。誰がやった?」羅漢は、笑みを浮かべながらも、武官に刺すような視線を向けます。武官は思わず震えました。「ともかくその娘の言う通りにしてやってはどうだい?私が責任を取るよ」猫猫は一度も振り替えず、背中で武官の言葉を聞いていました。握りしめた拳に力が入ります。「図ったようなタイミングに。いや、今はアレを気にしている場合じゃない」「声の主が誰かなんて、どうでもいい」走っていく猫猫の背中を、武官は楽しそうに見送りました。蒼穹壇に傷だらけの下女が入っていくので、周囲はざわつきます。猫猫が入り口をくぐると、ギッと柱を固定している金具が不穏な音を立てました。猫猫は祭壇の中央に向かって走ります。柱の真下には、祈りをささげいている人物がいました。「バキッ」唸るような風音と共に、金属柱が落下してきたのと、猫猫が祭司をかばって体当たりしたのは同時でした。すさまじい轟音とともに、金属柱は、祭司と猫猫のすぐ後ろへと落下しました。「…助かった」猫猫が安堵のため息をついた途端、激痛が彼女を襲います。見ると、落下した金属柱で足が抉られていました。「縫わなきゃ」「おい」「なんでこんな状況になっている?」壬氏は祭司の衣装に身を包み、髪もまとめていました。「壬氏さま。牛黄を、頂けますか?」猫猫の顔は腫れあがり、足は抉れて大量の血が出ています。「それどころじゃないだろう。どうしたんだ、その顔は」壬氏は悲しそうな、やりきれない表情です。優しく、猫猫の頬に手を添えました。「なぜ、そんな顔をしているのだろう」猫猫はぼんやりと思いました。「すみません、先に足を縫わせて…」「おいっしっかりしろ、目を覚ませ!」血相を変えて叫ぶ壬氏の声を、猫猫はもうろうとした意識の中で聞いていました。「壬氏、うるさいなぁ」〜薬屋のひとりごと第32話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第32話のネタバレです。薬屋のひとりごと33話は、ビッグガンガン2020年Vol.4に掲載されています。以下、薬屋のひとりごと第33話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第33話ネタバレここから〜医局で寝かせるのは何だから、と壬氏が連れてきたのです。水蓮が目を覚ました猫猫の看病をしてくれています。「いっ」猫猫を、ひどい痛みが襲いました。しばらくすると、壬氏、高順、馬閃が水連に連れられてやってきました。「どういう経緯であの場所にやってきたのか。なぜ柱が落ちるのが分かったのか、説明してもらおうか」壬氏が神妙な顔つきで、猫猫に尋ねます。「あれは、偶然が重なり合った事故です。しかし、偶然が意図して引き寄せられたようでした」猫猫はゆっくりと説明し始めます。一つ目の偶然は、浩然という高官が亡くなったこと。二つ目は小屋でボヤが起き、同時に別の場所で祭具が盗まれたこと。そして三つ目は、ほぼ同時期に祭具の管理をしていた官が食中毒で倒れたことでした。一同に緊張が走ります。「祭壇の柱は、両端に取り付けられた紐が天井の滑車を中継して、床に金具で固定される形で吊るされていました。もし、祭事の最中、事故に見せかけ誰かを狙うなら、盗人は柱を止める要である、この金具を狙うでしょう」「そんなものが盗まれたら、作り直さないわけがないだろう」馬閃が口を挟みます。「当然作り直したでしょうね。祭事に使うなら、装飾を凝るのではないですか?」「その可能性はありますね」猫猫は、はっきりとした口調で言いました。「その職人に心当たりがありました」壬氏もはっとします。「あの細工職人の一家のことか」金具は火を焚く場所のすぐ近くで、床とワイヤーをつないでいました。しかし、その金具が熱せられて壊れるようになっていたのです。「ばかか、金具だぞ。燃えるわけがない」馬閃が語気を強めます。「でも柱は落ちました。祭壇の構造は問題なかったと思います。しかし、重要な金具の強度が及ばなかった」金具は本来であれば、高い温度でしか溶けません。そしてその秘伝は、弟子である息子たちには継承されていませんでした。職人は秘伝の手掛かりを遺言に残していましたが、猫猫が謎を解かなければその秘伝は失われていました。そうすれば、金具が解けた理由はうやむやとなり、犯人にとても都合がよかったでしょう。「まさか、死んだ職人も殺されたのか?」壬氏は深刻そうに尋ねました。猫猫は、それは分からない、としたうえで続けます。「職人の作業場では鉛が使われていたので、商業柄避けて通れない中毒死だったのかもしれません。ですが、そう見せかけた事件の可能性もあるでしょう。しかし少なくとも、死んだ職人に金具の制作を頼んだ人間は、その技術がなんであるか知っていたのではないでしょうか」猫猫に言えるのは、ここまででした。壬氏は考え込んでいます。猫猫はその様子を見ながら、なぜあの場に壬氏がいたのかを考えていました。「何者なんだよ、こいつ」猫猫は恐ろしくなり、考えを打ち消しました。それから程なくして、李白が猫猫を訪ねてきました。事件に関連している官女は、やはり翠苓でした。その翠苓が、死体で見つかったというのです。証拠を集めて官が部屋に乗り込んだ時には、毒をあおって寝台の上に倒れていたそうです。猫猫は驚きました。医官による検死も済んで、死亡も確認されたということでした。「どうなるのですか?」「罪人だから墓には入れないし、棺に入れたまま明日には火刑になるんじゃないか」李白の話によると、翠苓1人だけの犯行だったそうです。「あれほどこまごまとしたことを、全部ひとりで?」李白が報告を終え帰っていった後も、猫猫は考え込んでいました。「翠苓は簡単に自殺するような女だろうか」猫猫は、薬草畑で翠苓と会った時のことを思い返します。何を植えているのか、という猫猫の問いに、「蘇りの薬」と翠苓は答えました。「そう口にした女が毒をあおって死んだ?」猫猫は行動を起こします。「壬氏さま、お頼みしたいことがあるのですが。例の官女を検死した医官とお話がしたいのです。死体置き場で」「医官と話すのは構わないが、俺も同行するからな」この国では、獄中死したものは火葬するのが習わしです。中身がある棺は、黒と白の札が貼ってあり、空の棺桶は部屋の隅に重ねられています。検死を担当した医官を待ちます。猫猫は、なぜか手にくわを持っています。現れた医官は、医局で翠苓と親しげに話していた男でした。顔色が悪く、やつれた様子です。顔見知りが死んだ上に罪人扱いされたのですから、当然でしょう。「単刀直入に、この官女が飲んだ毒には、曼荼羅華(まんだらけ)が使われていませんでしたか?」翠苓の棺を前に、猫猫は言いました。医官は動揺します。「断定はできない。症状から見てその可能性は高いが、数種類の薬が混ざっていて、特定するのは難しい」そして別名を、朝鮮朝顔といいます。「もう少し先の話だけど、ここに朝顔を植えるわ」猫猫は、翠苓の言葉を思い出していました。「では、本当にその毒か確かめましょうか」猫猫は持ってきたくわを振りかざして、棺を開けようとします。「黙ってみていてください!」一同は中に入っている死体を見て驚愕します。「翠苓、じゃない?」「嘘だろ、翠苓は確かに死んでいたのに」医官は翠苓の遺体を検死しましたが、毒の正体をはっきりさせるために死体を切り刻もうとは考えませんでした。翠苓に好意があったので、とてもそんなことはできなかったのでしょう。翠苓は人を死んだように見せる薬を飲んで、仮死状態になりました。助けに来たものが棺桶を開けるころに息を吹き返し、棺を入れ替え、棺桶を持ってきた者と同じ格好をして、死体置き場から出ていったのです。そしてその仮死状態にする薬に使われるのが、曼荼羅華と河豚毒でした。「こっちの死体が燃やされた後なら、完全勝利だったはずですが、残念でしたね。生きていたら会いたいですね」猫猫は不気味な笑みを浮かべます。自分の命を懸けの代償にしてまで、みんなを騙そうとしたしたたかさに、猫猫は感動していました。そして何より―。「蘇りの妙薬、絶対作り方を教えてもらう!」一同はドン引きです。猫猫はひとしきり笑った後、ぴたっと動きを止め、振り返りました。「すみません、足を縫ってもらえませんか?さっき傷口が開いたようなので」「それを早く言え!」〜薬屋のひとりごと第33話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第33話のネタバレです。薬屋のひとりごと33話は、ビッグガンガン2020年Vol.4に掲載されています。薬屋のひとりごと34話は、ビッグガンガン2020年Vol.5に掲載されています。以下、薬屋のひとりごと第34話のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第34話ネタバレここから〜死体置き場に棺を納品していた業者は、不思議なことに依頼を受けていないと言ったのです。翆苓という官女についても、曖昧な点が多かったということでした。翆苓は数年前、その才能を見出され、ある医師に養女に入ったようですが、それ以前のことはよくわかりませんでした。「これは長丁場になるだろう」と壬氏は頭を抱えます。放っておくと傷口がまた開くようなことをしそうなので、高順に猫猫の見送りをさせていました。変人こと羅漢が、猫猫の父親であることは確かなようですが、猫猫の様子から何か事情があることがうかがえます。壬氏はそれについても心配していました。「明日は後宮か」壬氏の言葉に高順はうなずきます。そして何やら薬湯を湯のみに注ぎ、飲み干しました。「問題ないかと。いつもと同じです」高順が毒見を済ませると、壬氏も鼻をつまんで飲み干しました。「この奇妙な甘さ、いつまで経っても慣れない味だな」嫌なら飲まなくてもいいのに、という高順に、宦官としてのけじめだと壬氏は答えました。後宮が現帝のものになった五年前に、宦官となった齢24の男、それが世間の知る壬氏です。薬の作用は、男性機能を低下させるもので、壬氏は、「男でなくす」薬を6年間飲み続けていたのでした。「そのうち本当に不能になりますよ」「お前だって同じだろ!」「子はもう成人していますし、先日孫が生まれました」「だから、今更、新たに子を作る必要もないと。孫ってどちらの子だ?」「上の息子の方です。末の息子も、そろそろ嫁をもらってもいいのですが」「末子って、馬閃だろ。まだ19じゃないか」「ええ、あなた様と同じ19です」高順は、どことなく悲しそうな表情になりました。「こんな仕事、早く終わらせろ、とでも言いたげな顔だな」「早く孫を抱かせてください」「努力する」後日、壬氏と高順は柘榴宮を訪れていました。かつてはさっぱりとして、無駄のなかった柘榴宮も、新しく後宮に入った楼蘭妃の趣味でしょうか。今は絢爛で華やかな雰囲気に変わっていました。「改めて、ここは寂しくなったな」壬氏は思いました。ある意味、無理押しで入ってきた妃で、騒動が起きないかと心配していましたが、今のところ問題は起きていませんでした。後宮には、宮廷内の権力調整を保つ機能もあれば、壊す機能もあります。今のところ、皇帝の覚えがめでたいのは玉葉妃。次いで梨花妃です。楼蘭妃はかなりの洒落物で、髪形も化粧も毎度変えていました。後宮授業のときも、派手な羽飾りの不思議な衣装を着ていましたが、その他にも、南国の衣装や北方の異民族の服、少年のように胡服を着たり、腰を締め上げた西方の衣装を身につけもしました。特徴のない顔立ちの反動でそうなったという噂ですが、真実かどうかはわかりません。皇帝は訪れるたびに妃が誰なのかわからなくなり、あまり楼蘭妃に食指が動かないようでした。乗り気でないと言えば、幼い里樹妃もそうなのですが、これは帝が、父たる先帝のよう幼女に手を出す嗜好を嫌悪しているためでした。小さい体での出産は困難を極め、赤子は腹を切って取り出されたのでした。助からないと思われた母体は、異国より戻った医官により事なきを得ましたが、腹には傷跡が残ってしまいました。幸いにも、子宮は無事で、その十数年後、皇太后はもう一人子を産んでいます。先帝の子は、後にも先にも、その2人だけでした。ただ、1人目のこともあってか、第二子の出産時、医官は皇太后につきっきりになり、当時の東宮妃である阿多妃の出産はないがしろにされました。「もし、その時の子が今生きていれば。なんて、くだらぬ妄想だ」壬氏は鏡に映った自分を見て思いを巡らせました。「さっさと次の東宮をこしらえてしまえばいい」例の妃教育の後、皇帝の足の運びはずいぶんと増えていました。壬氏は、結果は案外早く出るかもしれない、と思っていました。壬氏たちは、翡翠宮を訪れました。「ああ、来たのね」その様子はいつもと違い、顔色も悪く、辛そうな様子でした。「体調がすぐれませんか?」紅娘が他の侍女たちを追い出し、パタンと扉を閉めました。「……実は」壬氏は、猫猫に後宮へ行くよう指示していました。「お前の大好きな仕事だ」猫猫は喜び反応します。「玉葉妃の月の道が途絶えているらしい」公主懐妊時に妃は、二度毒殺未遂にあっていました。犯人はまだ見つかっておらず、心中穏やかではないはずです。壬氏は、今日からでも翡翠宮へ行くように言いました。猫猫にとって、後宮へ行けるのはむしろ都合のいいことでした。男子禁制の後宮であれば、羅漢と顔を合わせることはないでしょう。「もしかして、気を利かせてくれたのか?」どちらでもよいことだ、と思いつつも猫猫の頬は緩みました。「あらずいぶんと機嫌がいいのねぇ。せっかく鍛えがいがある子が入ってきたと思ったのに」〜薬屋のひとりごと第34話ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第34話のネタバレです。薬屋のひとりごと34話は、ビッグガンガン2020年Vol.5に掲載されています。薬屋のひとりごと35話(前編)は、ビッグガンガン2020年Vol.6に掲載されています。以下、薬屋のひとりごと第35話(前編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第35話(前編)ネタバレここから〜以前と変わらず、毒見をする毎日。懐妊されたとする玉葉妃については、まだ定かではなく、月経が来ていないこと以外にこれといった確証はありませんでした。しかし、翡翠宮内では箝口令が敷かれ、万が一の対策を行っていました。猫猫は、皇帝には夜のむつみごとを控えてもらうよう、壬氏を通して伝えてもらいました。意外にも、皇帝はたびたび玉葉妃を訪れ、公主(姫)と遊んで、玉葉妃とのたわいない会話を楽しんでいました。「ただの好色おやじではないのかもしれない」と猫猫は、3人の様子を見て思うのでした。よく話に上るのが、阿多妃の後釜である楼蘭妃です。なんでも東西南北あらゆる種類の衣装をそろえ、毎日のように雰囲気を変えているようです。「ありえないわ、あんな格好」「この間の胡服は格好良くなかった?」女官たちは口々に言いました。後宮ではあまりにも目立つものは、出る杭は打たれる世界です。頼もしすぎる妃の後ろ盾は、かえって邪魔になることもあります。阿多妃は子供が産めないので、相談役としても心強い存在でしたが、楼蘭妃はその後ろ盾から宮廷に影響を与えかねない立場です。「無下にもできず、だからといって子ができても厄介だとは、殿上人ですら頭の痛い話だろうな」猫猫は考えを巡らせるのでした。猫猫は、久しぶりに後宮の医務室を訪れました。「おや嬢ちゃん、久しぶりだね」「奥の保管庫の掃除をしに来ました」「宮廷の医局では、薬の監督不行き届きで減給の罰を受けた医官もいると聞きますよ?」面倒くさがるやぶ医者を軽くいなして、猫猫は掃除に取り掛かりました。掃除をしてひと段落すると、やぶ医者はおやつを出してくれました。「疲れたときは、甘いものだよな」きんとんの下に、上質な紙を皿代わりにしているのを見て、「このおっさん、ぼんぼんだよな」と猫猫は思いました。「いい紙だろう?うちの実家が村をまとめて、紙を作っているんだ。宮廷にも出している御用達なんだよ」昔は、紙は作れば作るだけ儲けられたものでしたが、先帝の母君であった女帝が、良質な紙の原料となる木の伐採を禁じたことで、紙の質は大きく下がってしまいました。「幼いころは好きなお菓子を何でも買ってもらえたなぁ。でも木の伐採が禁じられてからは上手くいかなくなってしまって、違う素材で作り始めたら交易も駄目になって、祖父や私たち家族は村人に責められたものだよ」やぶ医者の姉は、資金繰りのために後宮へ行き、さらには妹までもが後宮へ行こうとしたので、やぶ医者が宦官としてここへ来たのでした。思いもよらず、やぶ医者の身の上話を聞き、猫猫は「思ったより苦労してんだな」と心の中でつぶやくのでした。「どうかしましたか?」「妹からの手紙で…御用達でなくなるかもしれないって」御用達という名がつくと付かないとでは、売り上げは大きく変わってしまいます。「…これは、確かに宮廷に卸せる出来じゃないな」妹から届いた手紙は、ざらりとした感触になっていました。「どうしてなんだろう、牛を買ったから紙をたくさん作れるようになるって、あんなに息巻いていたのに」「牛ですか」人力でやっていた力仕事を任せるために、妹は牛を購入していました。材料も工程も変えていないのに、牛がやると何か変わるのでしょうか?質が落ちたとはいえ、市井に出回っている粗悪品と違い、不純物もなく、繊維も均等に砕かれており、厚みにもムラがありません。手を抜いたということはなさそうでした。「問題は、表面の毛羽立ちと強度だろう」猫猫が髪を引っ張ると、紙は簡単に千切れてしまいました。「元々何か変わった造り方をしていたのですか?」「いいや、普通の紙づくりと一緒だよ。ただうちは、糊づくりにこだわっているから。あっ詳しくは言えないよ」やぶ医者はどこか自慢気に言いました。「水なんかにもこだわりが?」「まぁね。糊が適度に固まるように、湿度を調節するために、湧水を組み置いておくんだ」最近牛を飼い始めて、糊のために汲み置いた湧水がある、というところに猫猫は引っ掛かりました。「牛はどこで買っていますか?」「そんなことまで、私にはわからないよ」猫猫は葛湯を入れてやぶ医者に差し出しました。「嬢ちゃん、これ分量間違えているよ。湯呑に張り付いて飲めないじゃないか」「飲みやすくする方法を教えますので、まねして頂けますか?こうしてなめた匙で混ぜるのを繰り返します」「なんか行儀悪いなぁ。おや、とろみがなくなってきたよ」「葛湯と糊って、よく似ていますよね。牛って口の中にたくさん唾液をためていますよね。念のため、どこで水を飲んでいるのか、確かめてはいかがでしょうか」「…!妹に手紙を出さないとっ」慌てて手紙を書き始めるやぶ医者をよそに、猫猫は帰り始めます。すると、そこに猫猫を呼びに来た者がいました。「なぁ、妓女に身請け金っていくらくらいだ?」「は、はい?」〜薬屋のひとりごと第35話(前編)ネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第35話(前編)のネタバレです。薬屋のひとりごと35話(前編)は、ビッグガンガン2020年Vol.6に掲載されています。 薬屋のひとりごと35話(後編)は、ビッグガンガン2020年Vol.7に掲載されています。以下、薬屋のひとりごと第35話(後編)のネタバレです。〜薬屋のひとりごと第35話(後編)のネタバレここから〜「わざわざ呼び出すから、翠苓のことかと思ってきたのに」猫猫は、呆れた顔つきで李白を見ました。「だってよ、嬢ちゃん!こないだ緑青館に行ったら三姫の一人が身請けされるって聞いてさぁ」それで李白は、白鈴のことが心配になり、猫猫を呼び出したのでした。猫猫は、身請けといっても相場は時価であるし、ぴんきりであることを説明しました。「祝い金を抜いて言うなら、目安で行けば二百(農民の年収程度)を基準に、安い妓女ならその倍もあれば身請けできるでしょう」「単刀直入に、超一品の総額で頼む」李白はうなだれながら尋ねました。身請け金は、妓女があと何年妓楼で稼ぐかという逆算に、多少の色を付け、その倍ほどの値を付けられるものです。身請けを祝って、盛大に送り出すのが花街の慣習だからでした。李白が思いを寄せる白鈴は、店に出始めたころから客を取り、ちゃんと稼いでいました。身請けというのが妓女の借金の肩代わりだとすれば、そんなものは残っていません。本当ならばとうに年期も開けているはずでしたが、それでも妓楼に残って稼いでいるのは、彼女の性癖が妓女という仕事に合っているからでした。年齢だけで言えば価値がなくなっているはずなのに、容貌は衰えず、得意の舞踏も年々磨きがかかっています。一方で、やり手婆としては店がしっかりしている時に最年長の白鈴を売り、新しい妓女を育ててうまく新陳代謝させたいところでしょう。一つは、工房商の大旦那。気前のいい好々爺で、夜伽ではなく、舞踏を楽しみます。何度か白鈴に身請け話を持ち掛けてきたこともありました。もう一つはお得意の上級役人。こちらは夜の遊戯のお相手として、白鈴となかなか馬が合うようでした。「気になるところといえば、翌日の客人が少し疲れているところか」猫猫は思い返していました。白鈴は夜に負け戦がないことで有名でした。ときに欲求不満になると、妓楼の男衆だけでなく、妓女や禿にまで見境のない、色欲魔でした。そして、身請け以外にも、やり手婆が緑青館の管理を任せようかと考えているのも要点だと、猫猫は考えました。表向き引退して、特別な場合にのみ客を取り、暇なときは自由に恋愛をする。白鈴は自ら妓楼を出ていくという性格ではないので、あるいはそれが一番平和な気もしました。「けれどそれは、あまりのもったいないだろう」猫猫は思います。特に当時、禿を卒業したばかりの白鈴には、世話になっていました。出産経験はないものの、母乳が出る特別な体質の白鈴が、幼い猫猫に乳を与えてくれたのです。妓女だったという理由で子を諦める女は多いですが、白鈴は強い母性を持つ女性であると、猫猫は考えていました。李白は二十代半ばとまだ若いが、白鈴が自分以外の客にも奉仕していることを重々承知したうえで、彼女に惚れていました。「駄犬っぽいが、根は真面目そうだし、女のために出世しようという、愛すべき莫迦なところもある。なにより、緑青館に初めて来たとき、丸二日以上白鈴の部屋にこもりきりだったが、やつれた様子はなかった。身請け先としては悪くない。あとは…」猫猫は李白をじろじろ見ながら、考えを巡らせていました。「李白様、お給金はいくら貰っていますか?年に銀八百?」「おいおい、人をそんなに値踏みして」李白は驚きつつも、まんざらでもなさそうな顔をします。「では、千二百?」「……」下を向く李白を見て、年に銀千枚といったところか、と猫猫はお見通しでした。「足りないか?」「足りません。側近で一万は欲しいところです」その額に李白は衝撃を受けます。「なぁ、仮に一万俺が集めてきたとして、身請けができると思うか?」「それは李白さまが、白鈴姉ちゃんに振られる可能性ということですか」猫猫の言葉が矢のように心に刺さった李白は、涙目になります。仕方ないなぁ、と猫猫はため息をつきました。「李白様、服を脱いで頂けますか。別にやましいことはありません。私は見ているだけなので」「脱いだら振られない?」「私が知っているのは、白鈴姉ちゃんの好みくらいです」「…脱ぐ」こうして李白は下着姿になってしまいました。健康的な肌の色、力強さを感じる腕、ゆがみのない骨格、足腰にもしっかり全筋肉がついており、武官らしい、いい筋肉のついた体をしていました。「これはいけるかもな」まじまじと眺めていた猫猫が「では最後の一枚も脱いでください」と言った時でした。扉が開く音がして、壬氏が顔面蒼白になって立っていました。「お前ら一体何をやってる」怒りに震える壬氏に連れ戻された猫猫は、お説教を受けていました。「それで?なにをしていたのだ?」「呼び出しに応じて相談を受けておりました」「相談事で、なぜあの男があんな格好をする必要がある」「やましいことはありません。好みの身体かを調べるには、実物を確認するのが一番でしょう」色々と考えた猫猫でしたが、やはり白鈴の気持ちを重視したいと思っていました。より好いた男の元へ行くのがいいと思ったのです。猫猫は、李白の体つきから、毎日訓練を欠かさないまじめな人物であると思ったことを壬氏に告げました。「私の身体を見ても同じようにわかるか?」「は?」「李白の肉体より自分のほうが綺麗だと誇示したいのか。それは美しい身体をしているのだろう。けど」猫猫はドン引きした様子で、心の中で毒づきます。「壬氏さまの身体を見たところで何の意味もありません」その言葉に、壬氏は意識が遠のきます。「残念ながら、壬氏さまは私の姉とは合わないと思いますので」「は?」後日、壬氏は李白を呼び出していました。美しい顔に満面の笑みを浮かべて、「いきなり呼び出してすまなかった」壬氏は話し始めます。「どうにも、君は今、意中の相手がいるとか」李白には、壬氏の意図が図りかねました。「遊女の身請け話など、笑い話に過ぎないだろう。だが、白鈴を侮辱するようなことがあれば…」李白は心の中で戦意を昂らせます。「私が身請け金を肩代わりすると言ったらどうする?二万もあれば充分か?」「それはどういう意味ですか?」李白は警戒します。「有望な官と仲良くなっておきたいというのは、誰もが思うことだろう?」李白は考えました。二万もなくとも、自分のつてやたくわえを考えれば必要なのは4分の1ほどでした。「自分のことを買ってくれるのはうれしいですし、申し出にものどから手が出てしまいそうになります。けれど、ここで銀を受け取るわけにはいきません」李白は絞り出すような様子で、言葉を紡ぎました。「貴方にとっては、妓女の一人かも知れないが、私にとってはたった一人の女なのです。妻として迎えたい女を自分で稼いだ金で請けずして、それで男と言えましょうか」力強く言い切る李白に、壬氏は優しい瞳を向けました。「なるほど。それは失礼した。今後話をしたいことがあるかも知れないが、よろしいかな」「御意」〜薬屋のひとりごと第35話(後編)のネタバレここまで〜以上が、薬屋のひとりごと第35話(後編)のネタバレです。薬屋のひとりごと35話(後編)は、ビッグガンガン2020年Vol.7に掲載されています。電子書籍サイトの中でも特典が魅力的なサイトが、下記の2つ。そして、各サイトの詳細が下記の通りです。U-NEXTでは「薬屋のひとりごと」の漫画が、一冊618円〜660円で配信されています。もちろん31日間のお試し期間中は、14万本以上の動画を無料で楽しめます。※薬屋のひとりごとは618円〜660円で配信されています※31日間の無料お試し期間中に解約すれば、費用は一切かかりません。music.jpでも「薬屋のひとりごと」の漫画が、一冊618円〜660円で配信されています。そして、無料会員登録すると、合計1600円分のポイントがもらえます。※薬屋のひとりごとは618円〜660円で配信されています下記の青文字をタッチすると、その話のネタバレをチェックできます。※画像をタッチでコンテンツをチェック!推しの子SPY×FAMILY(スパイファミリー)薬屋のひとりごとカッコウの許嫁秘密の果実新世紀エヴァンゲリオン鬼滅の刃約束のネバーランド五等分の花嫁バガボンド アイアムアヒーロー吾峠呼世晴さん作の漫画で、週刊少年ジャンプにて連載されていた漫画。累計発行部数8000万部を突破し、ONE PIECEを超える人気作品となりました。春場ねぎさん作の漫画で、週刊少年マガジンにて連載されていた漫画。累計発行部数は1200万部を突破し、アニメ第2期の放送が決定しています。 白井カイウさん原作・出水ぽすかさん作画の漫画で、週刊少年ジャンプにて連載されていました。累計発行部数は2100万部を突破し、アニメ第2期の放送が決まっています。 U-NEXTは日本最大級のアニメ・漫画配信サイト。アニメは8万本、漫画は16万作品以上配信されています。また、月額1,990円と高めですが、毎月1,200円分のポイントが付与されるため、実質790円でご利用いただけます。31日以内に解約すれば費用は一切かからないので、ぜひお試しください♪FODは動画配信サービスとして知られていますが、漫画や雑誌なども配信されています。さらに、ノイタミナ枠のアニメ動画が見放題!!アニメ動画を見ながらポイントを貯めれば、そのポイントで好きな漫画や雑誌を実質無料で読むことができますよ♪music.jpは漫画や雑誌、映画などの配信が充実しているサービスです!配信サービスの中でももらえるポイントが多く、また、お試し期間は30日間。こちらもお試し期間中に解約すれば一切費用はかからないので、気軽にお試しいただけますよ♪dアニメストアは、アニメ動画に特化している配信サービス。見放題の作品数はなんと2,900作品以上!ドコモユーザー以外でも利用でき、さらに初回31日間の無料お試し期間もあります!!アニメ動画のダウンロードにも対応しているので、ぜひ一度試しに使ってみてください♪hulu(フールー)は動画配信に特化したサービス。人気映画やドラマ、アニメ動画が約6万本配信されています。テレビや他の配信サービスでは見ることができない、独自作品を楽しみたい方は、ぜひhuluを使ってみてください♪
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